無意識日記々

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最近私はモノラルモードなムード

最近、モノラルが好きだ。前にもそんなエントリー書いたっけね。ステレオで音楽を聴いていると、情報量が多すぎてたまに疲れる事があるのだが(KING CRIMSONDREAM THEATERを聴いてるからだろ)、モノラルだとぐっと情報量が減る。とても耳に優しい。ステレオだと、左右のスピーカーからの角度と距離がどうのとか、ヘッドフォンの左右のフィット具合の違いとか、イヤフォンはちゃんと同じ深さで装着できているかとか、キリがない。モノラルだと変数は距離だけだ。そして音の場合距離とは音量だ。音量の調節以外、何も気にしなくて済む。

そもそも、モノラルに興味をもったのは、ipodにモノラル・モードがあるのに気がついたからだ。何故こんなモードがあるのだろうと思ったが、どうやら片側の耳しか聞こえない人にも左右の音両方が聴こえるように、という配慮らしい。いやはや、そういう発想がなかった自分を恥じたわ。

実際、ipodでは「一般>アクセシビリティ」にモノラルモードの切り替えがついている。こういうのは実にいい。いいぞ、もっとやれ。

という訳で勿論今回のテーマは「桜流しをモノラルモードで聴いたらどうなるか」だ。

驚くべき事に、ヴォーカルのサウンドが向上する。バックのサウンドは、モノラルらしく地味にくすんだ感じになるのだが、その分サウンド全体はヴォーカルをクロースアップする。あの、無闇に淀んだ分離の悪い低音が、僅かばかりであるが改善されるのだ。確かに、楽曲終焉の盛り上がりの迫力には欠けるが、歌の表情をじっくりと捉えるには寧ろこちらの方がいい。目から鱗とはこのことか。いや耳からか。

元々、桜流しのミックスはバックのサウンドをかなりビッグにフィーチャーしていた。あれだけのスケールの大きな編曲を施してあるから当然なのだが、故にバックの演奏が盛り上がれば盛り上がる程、ヴォーカルはその中に埋もれるように聞こえていたのは否めない。私などは「それがいいんじゃないか」と思う方なのだが、ただひたすらヒカルの歌を聴きたい人には芳しい音ではないともいえる。そうなった時に、シンプルにモノラルで聴けばヒカルの歌が浮き立って聴こえる。いまいち桜流しの時間的空間的構成がアタマに入ってない向きも、モノラルで聴く事で新しい発見があるかもしれない。

勿論この方法は、他の楽曲にも有効である。が、やはり桜流しのようにバックのアレンジメントが凝りに凝っていて左右と上下に広がりがあるパノラマ型サウンドで試してこそ効果が大きい。例えば、アルバムでいえばEXODUSとThis Is The Oneでは全く異なる印象を齎す筈である。手元の再生機器にモノラルモードがある人は、いちど試してみる事をお勧めしておきたい。ヒカルのヴォーカルラインの輪郭が、よりくっきりと響いてくる筈だから。