無意識日記々

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クスリとも笑わないクリスとも

クリス・デイヴの凄い所といえば叩くフレーズの難易度に関わらず演奏のトーンが一定なことだ。いい意味で無表情なのだ。ドラムプレイが余り色気を出さず難しいフレーズも退屈なシーケンスもほぼ同じ緊張感で叩いてくれる。これは普通安定感と呼ばれてるヤツだな。

例えば『夕凪』でのプレイは非常に淡々としたものだが、これが楽曲に“海”を感じさせる為に非常に有効に機能している。『夕凪』のサウンドで最も大切な音はあの神秘的なピアノのアルペジオだが、このクリスによるドラムプレイもまた
目を閉じるとまるでスネアのリズムに合わせて波が寄せては返してくるような感覚に囚われる。細かく刻まれるクローズドハイハットの乾いた音色はサラサラと流れる浜辺の砂かはたまた渡り鳥を運ぶ微かな潮風か。全体のトーンが無表情で落ち着いている割に、やけに想像が掻き立てられる。多分、彼はむっつりなのだろう。仏頂面しつつも頭の中は色んな事を考えているのだ。(勝手な事ばかり言い散らしてこいつはもう)

『夕凪』では特にメロディーの変化に合わせてスネアの音色を変えてくるところが心憎い。スネアの音色が変わることで楽曲の描く情景の明度が揺らめく。明るくなったり暗くなったりするのね。ストリングスの深い響きと相俟ってゆっくりと夕陽が沈んでいくグラデーションを表現しているかのよう。ヒカルは彼ら演奏陣にかなり細かく歌詞の内容を伝えていたし、クリスもまた、ヒカルと楽曲のイメージを共有しようと試行錯誤したのだろう。

「プロフェッショナル・仕事の流儀」によれば、『夕凪』のサウンドメイキングはバンドのメンバーたちに依るところがかなり大きかったとのこと。出来上がったサウンドに耳を傾けてみると、それは技術的な貢献というよりは、各々がイメージを共有し切れた点にあるように思える。その証拠に、各演奏者のプレイはそれぞれ単独で聴いても在り来たりのフレーズの繰り返しに過ぎず余り面白いものではない。しかし、これらのピアノとベースとドラムと弦とシンセが重なると驚く程想像力を刺激する豊かで陰翳に溢れた風景が出来上がる。ここまでなるのにどれだけの音を削ぎ落としたのか。イメージの共有度が高いという意味に於いて非常に洗練されている。その中心で淡々と無表情な仏頂面で叩くクリス。彼もヒカルの作り上げた幻想的且つリアリスティックな世界観を深く理解したうちのひとりなのだ。いい音楽家に巡り会ったなぁ。なりくん、改めてぐっちょぶ。