無意識日記々

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スタンダード感

スタンダード・ナンバーというのは、勿論歌い継がれていくうちに定着して愛されていくものもあるが、その多くは初めて聴いた瞬間からスタンダード・ナンバーとしての風格を醸し出している。それを今勝手に「スタンダード感」と呼んでみる。

宇多田ヒカルの曲にはこの「スタンダード感」を感じさせる曲が余りにも多い。スタンダード感というのはかなり既視感に似ていて、初めて聴くのに初めて聴いた気がしない、どころかこのあとどうメロディが展開するかわかってしまう事すらある。スタンダード・ナンバーのメロディは「それ以外には成り得なかった」強固な堅牢性があり、それ以上どこを変えても野暮になる極度の洗練がある。それも、磨きに磨き抜いた洗練ではなく、パッと出た瞬間にもうソレでありソレ以外では有り得ないという感覚を与えてくれる─誰もが知っている感覚なのにいざ説明しようとするとかなり難しい。それがスタンダード感だ。

ヒカルの曲でいちばんスタンダード感が強いのは『First Love』だろう。この曲は実際にスタンダード・ナンバーになってしまって既に20年分の影響力を行使してしまった後だからこの曲のなかった世界線が最早想像できない。世間が騒いだからスタンダードになったのか最初からスタンダード感が強かったのかは若い人にはわかりにくいかもしれないが、リアルタイムで触れた人間として言っておくと、この曲は生まれながらのスタンダード・ナンバーだった。聴いた瞬間からクラシックスだった。確かに、この曲がトドメになってアルバム『First Love』は過去最高の売上になったと言っていい。

他方、実際にはスタンダード・ナンバーにはなっていないが、初めて聴いた時に『First Love』と同等のスタンダード感を感じさせた曲なんかもある。私としては『Apple And Cinnamon』を例として挙げたい。無名だがこの曲のメロディは動かしがたい堅牢性を備えているという点でスタンダード感の強さが凄い。ただ、歌詞を練らなかったからかその点で目立たなかった気がする。まるきり同じ歌詞を2回繰り返すって珍しいもんね。

他にも「うわこれは」と瞬時に思わせたものがある。『COLORS』だ。イントロを聴いた瞬間、VAN HALENの"Jump"やEUROPEの"The Final Count Down"並みのインパクトがあった─如何にもメタラーらしい例の出し方だが、クラシックでいえばベートーベンの「運命」とかだよね。鳴った瞬間に「あっ」ってなるヤツ。で、『COLORS』の凄いところはメロディまで同じくスタンダード感が強かった事だ。先に例を挙げた"Jump"や"The Final Count Down"はキーボード以外は添え物でヴォーカルを含めかなりどうでもいいのだが、『COLORS』ではキーボードもヴォーカルも同等の堅牢性がある。ちょっと考えられないインパクトだった。

実際、『COLORS』って結婚後初のシングル曲だったから売上が不安だったのよ。ファンサイトでも一般の間でも10代のアイドル的見方をしていた人間は離れていってたし、やっぱり結婚って一区切りになってしまうから大幅な売上減が予想されていた。そんな懸念を一瞬で払拭したのが『COLORS』だった。ネームバリューのみならず、本当に曲の強さ自体で売上を年間3位にまで押し上げた。いや凄かったね。こちらも「生まれながらののスタンダード・ナンバー」と言いたい。

で。何が言いたいかというと。最近の2作品、アルバム『Fantome』とアルバム『初恋』のナンバーはややこのスタンダード感が薄いのではないか?という話だ。物議を醸しそうなヤツだが、ちょっとよくよく検証してみたいかなと思う。あんまり力まないようにはするけどね。ふんわりとした印象に説得力があるかどうか、見ていく事に致しましょう。