無意識日記々

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Hikaru Eye

ついこの間まで渇望感云々言ってたのにネタを投下してくるときは立て続けだねぇ。今ファンは少年時代をチェックして浪漫と算盤をチェックしてNetflix入ってる人はクィア・アイまでチェックしてとあれやこれやと忙しい。捻くれて全部無視してやろうかという謎な気分になりそう。今まで放置しといていきなりプレゼント攻勢!?そんなので許して貰えると思ってんの??みたいな気分なのだろうか。ちと意味が分かりませんね。

でも「ヒカルからのメッセージ」ということでいちばん打ち出しが強いのは「クィア・アイ」だったりしそうでな。少年時代も浪漫算盤も結局井上陽水椎名林檎の曲でしかなくそこにヒカルの主張なり何なりを見出すのは難しい。歌唱法が云々とか椎名林檎から見た宇多田ヒカルを通して見た宇多田ヒカルの云々とか言い始めれば何とかなるかもだがややわざとらしい。

その中で特定の番組について語るというのはどれだけ他意が無かろうがやっぱり個人としての主張はある訳でな。『Laughter In The Dark Tour 2018』映像商品を配信してるNetflixということで宣伝しても不自然じゃないしうまいとこにハマったもんで。

そういや昨日のタイムラインで誰かの興味深い一言があったな。いいねもリツイートもせずに流してしまったが「今の日本でみられるフェミニズムに対する攻撃は30~40年前に欧米で起こったものに酷似していて既視感を覚える」みたいな内容だったか。つまりその分野では日本は他の先進国より30~40年遅れてるのね。今からそこから30~40年進めるかどうかはわからないが、だとすると、クィア・アイみたいな番組が日本に出張してきたのは、いやこの番組はフェミニズムと直接関連がある訳じゃないんだろうけど、浦島太郎状態というか、随分ギャップのあることなのかもしれない。

ヒカルは今回英語でツイートした。まだ私は番組をチェックできていないので推測でしかないが、(日本語民からみて)海外の人達に日本の現状のようなものを知ってもらおう、という意図がはたらいたのかもしれない。或いは、日本語でツイートすると日本語民に対して押し付けがましくとられるかもという危惧がはたらいたのかもしれない。或いは純粋に、英語圏の中では日本ミニシリーズが宣伝されてないから私がと思ったのかもしれない。Instagramのタグに#queereyeとともに#utadahikaruと#Hikaruutadaを添えたのも何らかの新局面を表しているかもわからない。余談だが浪漫算盤のクレジット、椎名林檎が"Sheena Ringo"なのに対してヒカルは"Hikaru Utada"なのよね。2人で姓名順が逆。まぁそれは今はいいか。

観られる環境にある人は、だから、「クィア・アイ」を観ておいた方がいいんじゃないだろうか。Netflixに迷っていた人は丁度いい渡りに船かもしれないし。取り敢えず日本ミニシリーズ4話全部観れるようになる状態なり時期なりを見定めてログインした方がいいのかな? あたしまだそこらへん調べてないので、なにか気がついたらまた書きますね。