な行の発音といえば語尾を「ない」で揃えまくった『誓い』なんでないか。
ヒカルが語尾を「ない」で揃えてくるのは『誓い』が初めてではない。例えば『桜流し』では
『もう二度と会え「ない」なんて
信じられ「ない」
まだ何も伝えて「ない」
まだ何も伝えて「ない」』
と短い間に「ない」が4回出てくる構成を作った。前例がなくはないのだ。
とはいえ、『誓い』はもっと凄まじい。容赦がない。
『運命なんて知ら「ない」』
『存在を認めざるを得「ない」』
『あんまり期待させ「ない」で』
『嘘偽りの「ない」』
『証人もいら「ない」』
『悔しくて仕方が「ない」』
『約束はもうし「ない」』
『受け売りなんかじゃ「ない」』
『約束でも「ない」』
『僕には戻れ「ない」』
『深い意味は「ない」』
『もうとっくに「ない」』
『過去前例の「ない」』
『証人もいら「ない」』
『一度じゃ足り「ない」』
……と、なんと都合15回も出てくる。一度じゃ足りないどころの話じゃねーぞ。ヒカルの歌で同じ語が15回も出てくる歌他にないんじゃねーの?と一瞬思ったが『ぼくはくま』で『くま』が37回出てきてるんでしたか、ハイ……。
で『誓い』だが、更にこの歌では「ない」に合わせて『くらい』『眠りたい』『ああ泣きたい』『側にいたい』『お願い』とどんどんどんどん韻を踏んでいくので余計にこの音の並びの印象が強烈極まりない。勿論この残像の集合の終着点、帰着点は『誓い』というタイトルコールそのものだ。音韻の集合がタイトルを際立たせまくっている。ホント、よく出来た歌詞だと言うしかないわ。
これというのもヒカルが“な行”の発音に自信を深めたからだ、と結論付けるのは我田引水が過ぎるかな。『よろこばすためのもの』みたいなフレーズも、「の」の発音あってこそだと思うし。『こらえられなくなるなみだ』とか『きれいなはなも』なんかも“な”を並べてきてる気がしてくるし。まぁ聴き方次第としか言えないが。
これだけ日本語歌詞で『ない』にこだわりまくったのに、英語歌詞の『Don't Think Twice』ではサラリと『Baby,』にしてしまってるのが、釈然としないというかなんというか(笑)。英語になるとNの発音に拘りはないのかもしれない。あクマで日本語の“な行”の発音を鍛えたってことなのかもしれないわね。ああ、それでいいんじゃない?