無意識日記々

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ひとりの部屋とふたりの部屋と…?

『残り香』は、前にも触れたと思うが、宇多田ヒカル伝統の「部屋」の系譜の曲である。同じくアルバム『初恋』収録の『あなた』にも『部屋』が出てくるが、それはまさに『あなた』と居る部屋で、少し系統が違う。そう、ヒカルの部屋はひとりで居る時とふたりで居る時と、両方があるのだ。

「部屋」の系譜の曲の元祖は勿論『In My Room』だ。こちらは『だからdreaming of you 夢にエスケープ in my room』と歌うの部屋にでひとりきりだ。『Automatic』も、ラブラブではあるものの、恋の相手は電話やスクリーンの向こうにいるから部屋でひとりだ。『Movin' on without you』では電話をずっと待ってて部屋にひとりだ。『テイク5』なんかは、『コートを脱いで中へ入ろう』という事しか歌っていないが、なんだか確実に誰もいない部屋に帰っている気がする。『残り香』はこういった楽曲たちの系譜だ。が、彼に片思いっぽい『In My Room』、ラブラブ熱愛中の『Automatic』、破局真っ只中の『Movin' ob without you』、そもそも恋愛を諦めている『テイク5』たちと比較すると、『残り香と私の部屋で』と歌う『残り香』は、終わった恋の余韻に浸ってるような曲だと分類できる。ワインという小道具も相俟って、随分大人っぽくなったもんだ。なお、あたしがいちばん『In My Room』直系だと思えるのは『Animato』なんだが英語詞なのでその話はまた稿を改めて。

『あなた』のようにふたりで部屋に居る曲の代表格といえば『日曜の朝』かな。『デートだとかおしゃれだとかする気分じゃないから部屋でいいじゃん』とふたりで部屋に居ることを全肯定する態度が潔い。一方『WINGS』では『じっと背中を見つめ』てはいるものの、気持ちがすれ違って喧嘩の真っ最中。同じふたりで部屋に居てるとしても色んなフェイズがあるものだ。

そんな中、謎めいているのが『For You』だ。『散らかった部屋に帰ると君の存在で自分の孤独確認する』とか『起きたくない朝も君の顔のために生きるよ』とか、「え?え? あなたの隣に『君』はいるの?いないの?」と疑問に思う歌詞が連発している。何しろメインテーマ、決めゼリフが『一人じゃ孤独を感じられない』という一見矛盾したフレーズだから、傍に愛する人が居ても心が遠いというか、『誰も何も君に頼ろうと思ってるわけじゃないから』とか妙に突き放した態度をとっていて、嗚呼、これって隣に実際に居ても居なくても意味が通じる歌になっているんだなという事に気がつくと、後々『Goodbye Happiness』や『Can't Wait 'Til Christmas』で結実する「正反対のどちらの解釈も成り立つ歌」の原型がこの『For You』には潜んでいたのかもしれないなと思い至った。多分、当時のヒカルもそこまで明示的に作詞技巧のひとつとしては意識していなくて、どう表現していいかよくわからかないまま楽曲制作をしていたのではないだろうか。だから『For You』は、理屈で解釈するとよくわからないが、感覚的にはとても強い確信を与える楽曲になっている。その強い確信の原因は、こうしてヒカルの未来にあったのだ。恐らく、我々が今ヒカルの歌を聴いて他に何か疑問に思うことがあったとしても、そのうちの幾つかはきっと未来が解決してくれる。長きにわたって聴き続けるのがこんなにも楽しい音楽家が他に居るだろうか。いや、居やしないよな、うん。