独創的な曲構成を持つ『誰にも言わない』だが、その点に於いてひとつ過去に参照すべき楽曲を挙げるとすれば『Passion』だろう。
『Passion』はリミックス扱いではなく複数のバージョンが作られた稀有な楽曲だった。まずは「キングダムハーツ2」のオープニングを飾る『Passion - opening version -』が存在する。これは真ん中にあの呪文を詠唱するパートが入る。これと近いのが最初に発表された『Passion - single version -』で、その呪文詠唱パートが無い代わりに楽曲の終盤に『 - opening version - 』にはないパートが追加されていた。そしてもうひとつ、ゲーム「キングダムハーツ2」のエンディングを飾る『Passion - after the battle - 』。これは独唱部と器楽演奏を楽曲の前半と後半に時間的に分離したバージョンだ。あとひとつ、「キングダムハーツ2」のサントラに収録されている『Passion - orchestra version - 』もあってこれも素晴らしいんだよね。
さて、今ここで注目すべきは『Passion - single version - 』だ。『 - opening version - 』の曲構成はゲームのオープニングには相応しいが、一方でJ-popのトップ・アーティストたる宇多田ヒカルがシングル曲としてそのままリリースするにはパンチが足りないものとなっていた。そこでヒカルは楽曲の最終局面に
『ずっと前に好きだった人
冬に子供が産まれるそうだ
昔からの決まり事を
たまに疑いたくなるよ
ずっと忘れられなかったの
年賀状は写真付きかな
わたしたちに出来なかったことを
とても懐かしく思うよ』
のパートを付け足してJ pop artistとして期待される側面を整えた。エモーショナルで、具体的で、フックの強いメロディラインと歌詞。なお、『Passion』の英語版にあたる『Sanctuary』には『 - single version - 』が存在しない。これも、『 - single version - 』が日本の邦楽市場に向けて作られたバージョンであることの証左だろう。
さて本題。『誰にも言わない』の最後の歌詞パートはこうだ。
『One way street 照らす月と歩いた
好きな歌口ずさみながら
感じたくないことも感じなきゃ
何も感じられなくなるから
One way street 照らす月と歩いた
好きな歌口ずさみながら
感じたくないことも感じなきゃ
何も感じられなくなるから』
自分は、この楽曲でここのパートがいちばん具体的でわかりやすくキャッチーで所謂“顔になる”パートだなと第一印象で思った。サントリーやヒカルもそう思ったのだろう、テレビで放映されていた「サントリー天然水」の30秒CMで流れていたのもこのパートだった。なお楽曲冒頭が使われている60秒CMはWeb限定なんだそうな。
ここがいわば、『Passion - single version - 』に於ける『ずっと前に好きだった人〜』のパートにあたるのではないかと思われる。『誰にも言わない』は、特にヒカルの人となりに共感してファンになっている人にはもう最初から最後まで夢のような楽曲であろうが、Jpop Artistとして期待するリスナーやライト・ファンからすると、『Passion』同様、掴みどころのない、なんだかインパクトの弱い楽曲に響いているのではないかなと。そういう人達も、この『One way street〜』のパートは気に入ってくれているかもしれない。或いは、CMで聴いて気に入っていたのに、このパートが楽曲中1回しか出てこないので少々不満が残るかもしれない。それは『Passion』の時も同様だったのだけれど。
で、ポイントは、今回は『Passion』とは異なり、『誰にも言わない』に関しては少なくとも今のところ複数のバージョンが作られているということはなくて、単一のバージョンのみで完結している点である。そこのところを次回もうほんの少しだけ突っ込んでみようかなと。