無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

男になりたかった過去

『You Make Me Want To Be A Man』──「あなたのせいで、男になりたい」。ヒカルの、Utadaの歌詞の中でもこうまで性別を強調する曲は異色ですらある。だがそれ故にかここで描かれた心理描写の持つメッセージ性はことのほか強い。

『This is just the way I am』─「これが私のやり方」。それは何かというと『I really wanna tell you something』─「わかってほしい」、その一言に尽きる。『time will tell』─『時間がたてばわかる』と言ってデビューしてきた人がもうひとつのデビューでは「わかりあえない」事に苦悩する。『We didn't need to say much to communicate. Now it's difference, 99% is misinterpreted.』─「分かり合うのに言葉は要らなかった。でも今は違う。1%も伝わらない。」……この差よ。

その「理解の溝」を「男になることで埋めようとする」のがこの歌の主旨だ。ただの断絶ではない。どこまでもわかりあえて、わかりあえると思っていて、だから全ての言葉が腑に落ちていた(『Every word you say finds a home in me.』)のに、いや、だからこそあなたの言葉は私を深く傷つける。

つまり、深くわかりあっていく中で「どうしようも無く越えられない壁」にぶち当たった時に、「もうあとは男になるくらいしかやることないよ!」と憤っている、その怒りの力でこの曲は名曲となっている。最初から男女の断絶が前提にある訳では無い。寧ろ、最後の一線を性差が邪魔をするのである。

2004年発表の曲だ。一方、2016年の『ヒカルパイセンに聞け!』ではこんなやりとりをしている。

***** *****

sayaka.Yさんの質問:昔からどこか中性的な魅力を感じていましたが、ヒカルさんは母となり、妊娠、出産を経験して女性しか出来ないことを成し遂げた今、改めて自分が女性であることについて何か思うことはありますか?

『ずっと男になりたいって思ってたけど女でよかったぜ。』

***** *****

そして2ではこうだ。2019年。

***** *****

いとさんの質問:パイセンにとっての gender って何ですか?

『俺にとっては、存在しないものかな。

自分の体が女であることにずっと違和感を感じながらここまで来たけど、この回答を考えてて、男の体だったとしても同じくらい違和感感じるんだろうなって思ったぜ。』

***** *****

非常にシンプルに、「ヒカルのジェンダー観は年月と共に変遷を遂げている」と言っていいと思う。それは社会情勢かもしれないし、心身の成長かもしれないし、環境の変化や付き合う人間の変化かもしれない。だが、若い頃から常に一貫した人生感をもつ宇多田ヒカルの中で最も変化した項目のひとつなのだという憶測は、そこまで外れているとも思えない。故に、楽曲がいつ頃書かれたものかで話は変わってくるのだった。それを踏まえて『Time』や『誰にも言わない』に記されているジェンダー観の端緒を解釈していかねばならないだろう。