無意識日記々

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別に今お腹減ってないよ(笑)

ヒカルの食べ物の好き嫌いについてはなかなかに理解が出来ない事が多い。ハンバーグやケーキが嫌いとか言われても、過去の発言と噛み合わない事も多い。

前々から言ってる通り、味の話ではないのだろう。エピソード記憶との結びつきで食の印象が左右されているように思える。

例えば昔。もずくや納豆が好きだとヒカルが言う。多分それは冷蔵庫を開けたらすぐ食べれたからだだったんだろうなと推測した。基本的に、食生活が安定していなかったのだろう。随分経った頃でも冷蔵庫に林檎しかなかった風な事を呟いていたしなぁ。幼い頃は、食事を用意して貰えなかった時に冷蔵庫を開けてもずくや納豆に助けられていたのではないかなと。パックだったら包丁はおろかお皿すら出さずに腹を満たせるし。

2005年くらいだったか、テレビ出演時に「ケーキ大嫌い」と言い放っていたが、辛党ならさもありなんとも思いつつ、これも幼い頃にパーティが台無しになったとかそういう逸話があるんじゃないかなと勘繰った。思い浮かぶのはお母さんの癇癪とかなんだけど、これもヒカルはきっと一生教えてくれないだろうか。

ヒカルも若いうちは料理苦手だったけれど、25,6歳頃からそこらへんも身につけるようになって食生活はかなり健康的になったようで。今や息子が居るのだから四の五の言ってられないし。そうやって他者が介在して、ドライに言えば“仕事として”食生活を用意する立場になれば、仕事人間なヒカルはちゃんと火がついたんじゃないかなと想像する。

本人が余り語りたがらない分野なので妄想での補完度がいつにも増して甚だしいな。

餃子は好きだろう、というのも、単に両親のクレジットからの想像の域を出ない。ラーと酢キングね。そもそも、家族ぐるみで食への執着が薄いという根本的な論点に帰着してしまう。

ある意味、それでよかったのかもしれない。食生活から得られなかった精神的充足を音楽と常に触れる事で充たしてきたと考えれば。それが家風であったというのも。過酷といえば過酷かもだが、そもそも日本の文化が国際的相対的に豊か過ぎるというのもあるだろう。その分、大衆音楽文化は(これも国際的相対的に)貧弱になっているのだけど。純粋な邦楽なんてリスナー少ないもんねぇ。

そんな人が『飯食って笑って寝よう』と歌うのは、いいとこまで来てるなぁと感慨深くもなったり。パクチーの唄なんかも、カレーが出てきたりして食欲満載だしね。打首獄門同好会並みにとまではいかなくとも、今後はもっと食べる描写が増えてきたりするのではないかなぁと、勝手に思っているのでありましたとさ。