無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

掌から溢れる、球。

『PINK BLOOD』MV添付のヒカル直々の英訳詞、今回もキレッキレの美文が並ぶが、その中でもとりわけ私の目を引いたのが次の一文だ。

『As I walk to your room

 A handful of teardrops fall to the floor』

─これは日本語歌詞でいうと

『あなたの部屋に歩きながら

 床に何個も落ちる涙』

の箇所に相当する。

英語に親しんでない向きにあれやこれやと説明してもどうかと思うので、一言。『SAKURAドロップス』の

『降り出した夏の雨が

 涙の横を通った すーっと』

を初めて聴いた時のような感銘を受けた、と言ったら伝わる、かな。この視覚に訴えながらも滲み溢れてくる詩情よな。

どうにも、これを読むと、先に英語の歌詞が出来てたんじゃないかとすら勘繰ってしまう程に美しい一文だ。ここだけなら尺も合わせられそうだし。

最初に日本語歌詞の方を先に聴いた時点では

「床に“何度も”落ちる涙」

ではなく

『床に“何個も”落ちる涙』

なのが特徴的だなと思っていたのだが、なるほど英語詞をみれば『teardrops』、「涙の粒」即ち「粒状の涙」を表現したかった為だということがよくわかる。これが「何度も」だと、液体として一筋の涙が、というヴィジョンも有り得たからね。我々は『何個も』という言葉の選び方によって知らず知らずのうちに「涙の粒」というヴィジョンに導かれていた訳だ。なんとも、よくできている。

そして、「粒状の涙」というのは、涙が「球」の形をしている事をも表している。MVで貫かれた「円」と「球」のコンセプトの大元(のうち少なくともひとつ)は、ここにあったのだ。恐らく、「不滅のあなたへ」の主人公フシの最初の姿の球形が、ヒカルには例えば「この星の涙の粒」のように感じられたのかもしれない。彼が成長していくにつれこれから流していく涙を考えると、それはとても合点がいく。

つまり、この『a handful of teardrops』という一節は、手のひらの上のフシの姿(これはアニメのOP&EDにもありますわね)と、『PINK BLOOD』の中で主人公が流す涙の両方を重ね合わせて生まれたものなのではないだろうかと。ここまで熟慮して作詞と英訳をしているとすれば作詞家宇多田ヒカルの能力、我々の読解力では全く手に余ってしまいますわ…。