8月になると映画「ペンギン・ハイウェイ」の映像がぼんやり頭に浮かんでくる。3年前の8月17日公開か。歳とってくると昔のことの方が鮮明に思い出すというけれど、なんかそうでもないのかな。宇多田ヒカルの夏というとまず『Bohemian Summer 2000』、そして『UTADA UNITED 2006』なんだが、あたし前者は行ってないしねぇ。ツアーの円盤はいつも季節外れのリリースになりがちだし。
夏のアニメというのは最早日本の風物詩で、特にスタジオジブリが「魔女の宅急便」以降ひたすら夏に公開を続けてきたのが大きい。そして高畑勲が鬼籍に入り宮崎駿が引退詐欺を繰り返す中、ポストジブリを目指して後続の監督たちも挙ってこの「夏の風物詩」の座を目指してきた。「ペンギン・ハイウェイ」も、あわよくばという程度だろうが、その流れの中にあったような気がする。
そんな中でヒカルが提供したのが『Good Night』で、「おやすみ」って挨拶はそれ単体では夏のイメージに直接結びつく訳では無いのだが、この「ペンギン・ハイウェイ」の映画公開時期(と内容)のお陰でかなんとなく夏のイメージがしっくりくる。そういやギターの妙なうるささって蝉の声みたいかもしれんなぁ……イントロのピアノも風鈴みたいだなぁ……と若干こじつけ気味かもしれないが思ってみたり。
という風に捉えていたのだが、案外ヒカルの中でも「おやすみ」という挨拶と「夏のイメージ」って結びついているのかなと気がついた。『嵐の女神』だ。あの曲の最後が『小さなベッドでおやすみ』なんだったな。嵐というと台風だとすれば幾らかは秋のイメージだが、「夏の嵐」という言い方もあるし、大抵の夏の映画では嵐がやってくる。あたしの中で『嵐の女神』と「夏のイメージ」は結構結びついているのだった。
もう一曲、『Making Love』の最後、
『私を慈しむように
遠い過去の夏の日の
ピアノがまだ鳴ってるのに
もう起きなきゃ』
の一節。これ、自分の人生には一切現れた事の無い状況なんだが、なのになんだか自分の記憶、知っている思い出に感じれれるという不思議な歌詞。ここでは夏の暑い陽射しとうたた寝が並んでいるように思われる。朝かな。お昼かな。
ヒカルの歌詞はよく寝ることで知られているが(だからうたた寝ひかるがギャグになる)、どうにも、ヒカルの記憶の中に夏のイメージと「おやすみ」が繋がってるような、そんな雰囲気が漂ってくる。それは夜に眠ることなのか、お昼にうたた寝することなのか、なんか両方な気がするけれど、その風景ってジブリなどのアニメ映画が追い求めてきた「夏の風物詩」のクオリアそのものなんじゃないかなぁと。だから『Good Night』もあれだけ「ペンギン・ハイウェイ」に合ってたんじゃないかなと3年前を朧気に思い出しながら考えていたのでした。朝から暑いぜ。