無意識日記々

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切っ掛け・引っ掛かり・取っ掛かり

インタビューから。

宇多田ヒカル:凄く簡単に言うと、はっきりと一貫している私の趣味が、ちょっとだけ変なものが好きなんですよね。服とかもベーシックなものを基本的には着るんですけど、「この柄すごく変!何このソックス!」と思って気に入って履いてると友達の家に行ったときに「それすごいヒカルっぽい」って言われたりとか。自分が作った音楽にもそういう意味でまずは愛着を感じないと(嫌だし)、私が感じる愛着とか魅力っていうのはプリントとか絵でも何かちょっといびつで変な感じ、(例えば)子どもが書いた絵をどうにかしたんじゃないかみたいな、不思議なものが好きですね。それが単に音楽にも出てるんじゃないですかね。

メッセから。

(NEBUTAソックスをプレゼントされて)

『「み、みんな知らないけど、私、今、すごいソックスはいてるの・・・!ああっ!なんかドキドキするぅ・・・」という変な興奮を覚えました。あぶねー私。』

https://www.utadahikaru.jp/from-hikki/index_44.html

ポイントは「ちょっと変」であって「まるっきり変」ではないということ。基本的には大体普通なものの中に何かが紛れ込んでるような。総てをスタイリッシュにキメたカックイイ女の子が手にアンパン持ってるみたいなピンポイントの違和感。それが音楽にも現れて引っ掛かり、フックラインを生むのだと。

難しいのは、ヒカル自身というより周りの期待の方かな。特にいちばんの有名曲である『First Love』が「変な引っ掛かりの無い王道中の王道」の楽曲なので。これ、この曲が生まれて日本史上いちばん売れたから王道扱いされるようになったんじゃなくて、最初に聴いた時点から王道だった。この世に生まれてきた時既にスタンダード・ナンバーだったのだ。

ついこの間も、前にヒカルのインスタライブにやってきてくれたONE OK ROCKのTakaくんが『First Love』をカバーしてくれたらしく。( https://realsound.jp/2021/08/post-829591_2.html ) その事自体は大変有り難いのだけれど、こういう扱いを経れば経るほど、ヒカルの「ちょっと変なのが好き」な感性は見過ごされていく。宇多田ヒカルは王道なんだという認識が深まっていく。

ただ、ヒカルがそれを嫌がってるかというと多分そんなことはなくて。「ちょっと変」って、取っ掛りでしかないのよね。それに惹かれてそれに携わる為の切っ掛けで。ちょっと引っ掛かるってのはそういうことで。じゃあそこからいっちょ創作や制作に入りますかとなれば、完成品には普遍を目指していく訳で、そうやって出来て世に出す、世に問うものがスラリと洗練されたものになっていたとしてもそれはそれで喜ばしいんだと。

ヒカルは出来上がった曲は、完成後殆ど自分からは聴かないとずっと公言してきているが、それはもしかしたら、曲が最初に持っていた「ちょっと変」な部分が喪われたり隠れたりしているからかもしれない。『あの日動き出した歯車 止められない喪失の予感』──歯車という引っ掛かりだらけで出来たものが動き続けて綺麗なマルに仕上がる頃には、歯車の歯はもう喪われている。「ちょっと変」に対する愛着が創作と結び付いた時、それが『喪失の予感』を連れてきているのだとしたら、それに対してまず愛おしさがふつふつと湧いてくる理由も何となく見えてくる気がした。