無意識日記々

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『が嫌になります』

前回の『嘘じゃないことなど一つでも有れば充分』ほどではないにせよ同じ傾向の効果を生んでいるのが

『心の損得を考える余裕のある

 自分が嫌になります』

の一節だろう。これもまた歌の切り方がポイントになっていて、

『心の損得を考える

 余裕のある自分

 が嫌になります』

という風に歌われている。最初に『心の損得を考える』のフレーズが出て来た時にはそれは単なる叙述であって価値判断は伴っていない。『心の損得』という、物やお金については損得を考えることはあるけど、そうか、心もそんな風に捉えるんだねぇ、と新鮮な考え方にまず耳を惹き付けられる。モノの売買みたいに心を切り売り出来たりするってことなのかな?どういう意味なんだろう、そんなことできるのかな?と思う間もないタイミングで今度は『余裕のある自分』と来た。そうか、心の切り売りをするだけの余裕がこの人にはあるから心を損得で考えても大丈夫なのか、『完璧に見える人』は違うなぁ…とそういう感想を持って貰えたかなという所に更に今度は『が嫌になります』が来る。ここで価値判断。しかも、恐らく初聴時には“逆転の”価値判断に映った筈だ。『自分が』ではなく、『自分』と『が』の間に間を作るのがまた巧いのですよ。

ここらへんが、リスナーとの駆け引きと言いますかね。Aメロで完璧とか才能とかの言葉で残像を作っておいて、心の損得を考えても大丈夫なような器用な人間像をほんのり植え付けておいてからの『が嫌になります』による卓袱台返し。まぁ鮮やかというか。

このパートがほんとドラマ『最愛』にピッタリはまっちゃってもう。そもそものこのドラマの売り文句が「お互いの事を想い合う男女の幼なじみが殺人事件の刑事と重要参考人に」というところからスタートしているもんだから、その外向け内向けの使い分け方と『心の損得を考える』というフレーズがバッチリ符合した。梨央と大ちゃんが二人きりになった途端に地元言葉で話し始めるシーンは大好評だったが、娯楽ではそういう落差の機微が人を惹き付ける。楽曲『君に夢中』に於いては『が嫌になります』のワンフレーズがそういった落差の機微を担っていてこの曲の吸引力の一つとなっている訳だ。

更に宇多田ヒカルという人がまた『完璧』とか『才能』とかのワードで語られる事が外面的に多い人なので、この歌詞自体がヒカル自身のことを指してるようでまた歌手としての人気も上がってしまうというダブルの効果。つくづく、隅々まで本当によく出来た楽曲ですよ『君に夢中』は。