無意識日記々

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宇多田ヒカルの超常意識日記

前回、《コラボレーション相手は「宇多田ヒカルに付け加えられた新しい手足」のように機能しているように思える》という、若干物騒めな事を書いたわけだが、その真意を伝える為には昔懐かしいインタビューを引用せねばなるまいて。アルバム『DEEP RIVER』発売直後に行われた現・音楽雑誌「MUSICA」発行人、当時「ロッキン・オン・ジャパン」所属の鹿野淳(しかのあつし)氏による2002年7月3日のロングインタビューだ。

そこでヒカルは次のように語っている。

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「あははは。でも小っちゃい頃から、自分っていうここにいるものっていうのと、周りの人とか椅子とかとの境があんまりわからなくて。あたしが動かしてるだけであって、この手も鹿野さんの手も、差はなかったのね、ずっと。小っちゃい頃に描いた絵とかを掘り出して見てみると、部屋の絵描いてるのに、必ず一番下には自分の手とか膝も入ってるのね(笑)。なんか最近それが余計進行してきて。なんかね、よく相談持ちかけられて『ヒカル、何でそんなにわかってくれるの?』って言われることが多いのね、友達とか周りの人に。でもこうやって長く話してるでしょ? そうすると──これは今朝気づいたんだけど、自分が鹿野さんに話してる自分なのか、私を見てる鹿野さんなのか、わかんなくなってきちゃうのね(笑)。でも、それって考えたら『こんな近くにいるんだから当たり前だなあ』って思って。だって自分か自分じゃないものかって判別するのって、単に自分の意識があるかないかっていうだけのことで。たぶん意識っていうのも、発してる熱とか、ラジオの周波数とか、電気とかと同じ周りに発してるものなんだろうなあと思うと、こんなに近くに長くいたら周波数も混ざるっていうか、電話の携帯が混戦しちゃうみたいに、溶けだして混ざるものじゃない? と思って。なんか余計自分のバリア的な感覚がなくなってきて。手術とかああいう経験すると『入院してる友達に会った時の気持ちとか、やっぱりわかってなかったんだ』とか、わかる範囲がもっと広がっていく。『世界の中にいる自分も、私が認識して見えてる世界も、ああ、そんなに変わんないんだな』っていう」

https://www.utadahikaru.jp/gallery/backnumber/interview2002/p07.htm

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長々となったがこれでひとまとまりの発言なので御容赦うただきたい。要するにヒカルには「意識の壁」が肉体に沿っておらず、「認識領域総てが自己(或いは世界)」という感覚を持っているのだ。

これは、認知的発達過程にある乳幼児の状態に近い。言語未習得段階では世界が個別の対象に分割されておらず総ては自己と区別がつかない。そこから言語を習得するに従って(例えばヘレン・ケラーのように)個別の対象を認識出来るようになり、自己の意識が世界と切り離されていく。ヒカルが特異なのは、言語を習得してもなお乳幼児の頃の真っ新でピュアな感覚を保ち続けている事なのだ。我々が赤子に否応なく魅了されるのと同じように、ヒカルの魅力に抗えなくなるのもむべなるかなという感じね。

それが、20年前の時点でのヒカルの感覚。自己の領域が拡張される為に起こっていたのは、上記引用の通り「何でそんなにわかってくれるの?」という異常に強い共感力だった。ヒカルは他者を理解し、同じ感情を共有できた。その頃の歌詞の特徴でもあった。『For You』とかね。

そこから20年経って何が起こっているか。ここからは私の勝手な推測になる。恐らく、20年前の「共感・理解」といった、半受動的だった状態から、「共有・共働」という、能動的な状態に遷移しているのではないだろうか。つまり、恐ろしいことに、ヒカルと共に在る人は、ヒカルのやりたい事を実現する手助けを、そう企まずとも、意図せずとも成し遂げるようになっているのでないかと。

アルバム『BADモード』の驚異的な美点の一つが、その圧倒的な統一感だ。あれだけ多種多様な楽曲が収録されていながらアルバム本編は奔流の如くとめどない。ひとつの大きな流れのまとまりとして認識される。これは、4人の、ヒカルも入れれば5人のプロデューサーが入り乱れて制作された作品としては有り得ないことである。プロデューサーというのは、有能であればあるほど個性が出てしまう。そして実際、4人の個性はこれでもかと封入されている。なのに結果的には総て「宇多田ヒカルサウンド」になっている。

それをもって意識の共有が能動的結果を齎すだなんて何を絵空事を、と思われるかもしれない。私もそう思う。しかし、この“感覚”が、アルバムの制作に従って醸成されていった感触を持つことが、この解釈のリアリティを増している。実際、この「アルバムとしての流れ」からいちばん危うく外れそうになるのが、作品中最も早い時期に制作されたSkrillex(とPooh Bearのアシスト)による『Face My Fears』だった訳だから。そこからヒカルは3年間で更なる“成長”を遂げたのだろう。

これを絵空事と片付けるのはあなたの自由だ。しかしヒカルはもう既にその先を行っている。『気分じゃないの(Not In The Mood)』歌詞制作時のエピソードを想起しよう。〆切当日に作詞に悩む作詞家の元に何故図ったようにポエムを売る女性が話し掛けてくる? これを偶然と片付ける人はそういう人生を歩んで下さい。私はそうは思わない。宇多田ヒカルという超常的な才能と意識がそこになければこの奇跡は起こらなかったと思う。

ずっと時間を共にする共同プロデューサーの皆さんと意識が混ざり合っていくのは分からなくもない。しかし、立ち寄っただけのバーでシンクロニシティを突然起こすのは幾ら何でも超常が過ぎるだろう。しかし、そこまでの才能がヒカルに開花しているからこそアルバム『BADモード』という“最高傑作”が“ただの日常”からでも生まれ得たのだと考えれば、様々な驚異的な現実に辻褄が合う気がするのだ。信じる信じないはあなた次第。だが、このヒカルの大きな意識の下に集った方が、なんかいいこと、面白いことがたんと生まれていくとは思いませんか?