無意識日記々

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人類視覚補完計画

今音楽に勢いのあるアイドル、ゲーム、アニメといった業界に共通するのは、以前指摘したように"視覚補完"がしっかりしている点だ。

ラジオと蓄音機の発明と普及以来、音楽は視覚と切り離された。それまでは必ず演奏者がそこに居たのだから目を開けて音楽を聴いているのなら演奏者を見ていればよかったのだ。その伝統は(当然ながら)強固であって、今でも「LIVEコンサートに行く」場合は「観に行く」と表現する場合が多い。これはチケットの価値についてもそうで、もし音響が先に来ているならセンターライン付近のチケットが高騰しそうなものだが実際はひたすら前方の席の価値が高い。舞台が少しでもよく見えるように、だ。

視覚部分の補完、強化という点でゲームやアニメについては言うまでもないだろう。アイドルに関しても同様だが、こちらは逆から考えた方がいい。何故アイドルに(時に聴くに耐えない歌唱力で)歌を唄わせるか。その間テレビ画面を独占できるからである。歌以外でその人ばかりを3、4分映し続けるのは難しい。歌わせておけば間が持つ。アイドルは基本的にルックスが売りなのだからその間ファンは偶像を拝んでいられるのだ。逆からみるとこうである。

楽家の方からみた場合、視覚面をどうカバーするかは常に悩みのタネである。小室哲哉が本格的にプロデュース業に力を入れ始めた際最初に手掛けたのはtrf(現TRF…でよかったっけ?)だった。Rave Factoryという名付けからもわかるように…いや、わからんか、このグループは歌だけでなく踊りもメインである事が指し示された。つまり、聴くだけでなく観ても楽しんでくださいよという事だ。その後は安室奈美恵華原朋美鈴木あみという風にダンスから段々とアイドルのルックスの力を借りるようになっていった。この流れのまま他のプロデューサーたちによるアイドル時代に突入していく訳だ。洗練されたダンスより美男美女の方が日本人は好みなのだろうか。80年代末から90年代始めのバンドブームから生き残っていったのはかなりの割合でビジュアル系だった。後に国民的バンドに成長するGLAYですらそうである。そう考えるとルックスの力を借りずに大ヒットを飛ばし続けたあのバンドやこのバンドは本当に素晴らしいなぁと思う。

そういう潮流の中、アイドルたちの中でデビューしたのがヒカルだったのだが、彼女はルックスに頼る事にひたすら無頓着だった。いや、反抗的ですらあった。一応十代の頃はファッション誌にもアピアランスがあったし、第一本人はフォトセッションに関しては必ずプロ意識をもって臨んでいると発言…してないか、いや、してなくても事実そうだっただろう、と想像しておく事にしよう。いずれにせよLIVE活動でもなくテレビ出演でもなく音だけが流れてくるラジオという媒体から火がついたアーティストなのだから、ここまで純粋に音がまず評価された例もなかなか珍しい。この規模の特大ヒットとなれば尚更である。

さて、そんなヒカルが今の時代に…という話からまた次回。