無意識日記々

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Is it an Ensemble Time?

仮に『Time』の作編曲に坂東祐大が関わっていてEnsemble FOVEが演奏に携わっているとするなら、彼らとコラボレーションした曲が「少年時代」であった事から、『Time』というタイトルが「時代」という意味で使われているのかもしれないと推理するのはわかりやすい流れだ。前回はカバーだったから今回はオリジナルであの時のヴァイブレーションを出そう、というね。

そもそも、なぜヒカルがこのタイアップオファーを受けたかという点まで戻ると、これが劇伴音楽まで含めた全体としてのオファーだったからなのではないかという推測が成り立つ。つまり、『少年時代』を聴いて感動したプロデューサーか誰かが、宇多田ヒカル&坂東祐大 with Ensemble FOVE まるごとで主題歌&劇伴を担当してもらおうじゃないかという企画を立てたのではないかと。

ヒカルも、昨日コピペした昨年のツイートからもわかる通り彼女らの若いエネルギーに随分感化されたようだったし、再コラボレーションを提案されれば乗っかる確率は高くなる。もしそうだとしたら、うまくやったもんだなと。例えばまず坂東祐大に音楽のオファーを出して……以下略。

原作のテイストからすると『Time』というタイトルはすぐには出てこない。「ディナータイム」「ティータイム」「ランチタイム」とか? ランチタイムなら小芝風花のテーマソングだな。それはそれでキュートな曲が出来上がりそうだが中村倫也の曲感想とちょっと距離ができるかな。

そんななので、タイアップ関係ないタイトルで『少年時代』の続きだと考える方がまだしっくりくるだろうね。で、そこからどう続くかを今のうちに妄想しておくのがこの日記の役割ですわね。それについてはまた次回ね。

Is it time to be passionate?

既述の通り、TVドラマ「美食探偵 明智五郎」の音楽を担当しているのはヒカルの「少年時代」でバックの演奏を担当しているEnsemble FOVEの首謀者坂東祐大(ばんどうゆうた)だ。となるとこれは、『Time』に於いてもEnsemble FOVEのストリングス・サウンドがフィーチャーされているのではないかという期待も出てくる。もっと踏み込んでいえば、「作曲:宇多田ヒカル/編曲:坂東祐大」とか「作曲:宇多田ヒカル&坂東祐大」なんてクレジットなのかもしれないのだ。配信だとそういう表記が適当で困る。2000円払うからクレジットちゃんとしてくれ。いやまぢで。それはさておき。

昨年11月29日のツイートを思い出してみよう。

@utadahikaru : 坂東さん、FOVEの皆さん、「少年時代」のレコーディングからもう二ヶ月ですね!お元気ですか?クリックなしのフリーテンポで、みんなで呼吸を合わせていく感覚とても熱かったです。ありがとうございました。

こんな感じだ。なんとまぁ、ストリングスをバックにライブ・レコーディングの手法を取った事を匂わせている。この時の手応えをどれだけ成功と見積もったか、だろうな。

Ensemble FOVEは編成としては室内楽に分類される、かな。いや勿論、Ensemble FOVEを核としたフル・オーケストラを使っても全然構わないのだが、いずれにせよ弦の響きをバックに歌うヒカルの神々しさは『Laughter In The Dark Tour 2018』を観た人ならよくよく御存知だろう。映像商品で観ている人も出来るだけ音量を上げて聴いてくれれば伝わる筈だ。凄いことになるのだ、という事が。

中村倫也のコメントから察するに、方向性としては『Passion』の『after the battle』と『orchestra version』の中間位になるのではないかとちょっと想像している。

ここで『Passion』の名が出るのさ、この曲のリリース当時にヒカルが語っていた「時間観」が余りにも印象的だからだ。曰く、「12歳の私も42歳の私も今の22歳の私と共に在る」と。つまり、ヒカルにとって時間とは、過去も未来も同等に現在とひとつになって存在しているものなのだ。

満を持して『Time』というタイトルの曲を宇多田ヒカルがリリースする。となれば、そのヒカルの独特の時間観が反映されているだろうという予想と期待の両方がある訳だ。『聖域/Sanctuary』において止まった時間、凍りついた時間を一望に眺めるような超常的で神秘性に溢れた曲調になるのか、或いは逆に、世俗的な「時間の流れ」を感じさせる曲調になっているのか。どうなのだろう。

『Passion』は、『single version』において最後のパートで凍っていた時間が流れ出すかのような演出が為されていた。『ずっと前に好きだった人〜』のパートだ。あそこで通俗的な時間観に回帰することが現世との接点を生じさせる。それがこのバージョンの『single version』=「市場において不特定多数のリスナーにアピールすることを意図したバージョン」たる所以だった。『Time』という曲は、神秘と世俗とどちらなのか、或いはそれら両方を持っているのか、それとも、そのどちらでもないのか。うーむ、もうあと4日で、ほんのちょっとだけかもしれないけど、聴けるの? 聴けちゃうの? 早く聴きたいから時間がすぐに経って欲しいという思いと、心の準備がまだ出来ていないから時間が暫く止まってて欲しいという思いの両方があるわ。願わくば、そのどちらの思いも受け止めてくれる大きな歌だといいな。

Has the time come to release "Time"?

例えば"The time has come."なんていうのは「時は来た」という風に「ちょうどよい頃合い」を指す。今まさに、『Time』というタイトルの曲を発表するのにちょうどよい頃合いになったということだろうか。

time will tell』は歌詞にもあるように「時間がたてばわかる」という意味だ。そう歌いながらデビューしてきた人が22年目にして『Time』というタイトルの曲をリリースしたのだからこちらとしては「時間がたった」即ち「何かがわかった」のだろうかという期待を抱かざるを得ない。或いは、勿論、「時間がたったけど結局まだまだわからずじまい」という結論でもいい。結論ってか途中経過報告だな。そういう過去とリンクした歌詞があるかも注目だね。

他方、前曲『Face My Fears (English Version)』の歌詞には『Won't be long』『Space』『A mile』など、空間的な属性をもった単語が居並んでいた事を思い出そう。しかしこれは、歌詞をよく吟味するとかなりの割合で時間的な属性について語っていたようにも思える。『A mile』などは『A mile, could you walk in my shoes?』という具合に「人生という長い時間を歩む」意味合いを示唆しているしね。『Time』は、この『Face My Fears (English Version)』に出てくる『Space』と対になったり共鳴し合ったりする意味なのではないかという予想も出来そうだ。

そんな感じなので、ヒカルにとって最も古い曲である『time will tell』から経った時間と、最も新しい曲である『Face My Fears』から受け取った『Space』という単語の両方を受けて『Time』という曲は生まれてきたのかなという気がしてならない。最早タイアップとか関係なさそうだけどそれはそれでいいよね。

しかし……とは言いながらやはりヒカルがこういうタイトルの曲をリリースしてくる以上、『Passion』/『Sanctuary』との共鳴性について考えてみないといけないよね。次回はその辺の話から。

ages and times

特措法に基づいた緊急事態宣言とやらが発令されて5月6日まで有効なんだとか。これは5月8日の『Time』の発売日の解放感が過ごそうだな。曲調によるけど。

何の飾りもない『Time』というタイトルがまず凄いよね。どうとでもなるもの。そんなタイトルをここで使う勇気があったというのはそれなりの普遍性が宿っている自信があるのか、はたまた、自信が無いから祈りを込めてこのタイトルにしたのか……宇多田ヒカルなら前者だわな。

『Time』と聴いて自分が連想したテーマは「年齢と時代」だ。英語だと"ages and times"になるのだけど、ageも"ice age"=「氷河時代」のように時代という意味もあったりして区別は曖昧だ。まぁそれはいいや。

音楽に親しむ時この2つは重要だ。音楽が感情表現のひとつだとした時に、年齢によって人間の感情というものは変化するものだから、やはり“その時々に合う音楽”も変化していく。楽しいとか寂しいとかいう感情なら幼いこどもでも感じるだろうが、「忸怩たる思い」とか「憤懣遣る方ない思い」とか、ややこしい言い方をしたくなる感情はそれなりに積み重ねた経験に裏付けられて生まれてきているように思える。そういうものを表現する音楽は、なんだかんだ言って大人向けだ。年齢によって感情が変化するのは自然な事だろう。

感情は、他方、時代によっても変化する。例えば我々は、余りにも平和な時代に生きている為人を斬り殺すときの感情などは知らない。そうかと思えば、メッセージに既読がつくのを待っている数秒間の感情などは現代に生きていないと知り得ないだろう。基本的な所は変わらないかもしれないが、そういった僅かな機微は時代と共に変化し、また、それに合わせた音楽が欲せられていくようになる。

そして「年齢と時代の組み合わせ」である。何歳の時に何という時代を巡ったか。自分のような人間は20歳を過ぎてからインターネットに遭遇したので、それに相対する時の感情は大人のそれだった(ことにしといてw)が、今生まれてくるこどもたちにとってインターネットは最初からあるもので、そもそも何らかの感情を喚起するものかどうかすらわからない。だが、それでも次世代技術、無人自動車だとかリアルARとかを見たら、自分がインターネットに遭遇した時のような新鮮な感情を味わうことになるかもしれない。年齢と時代の組み合わせで生まれる感情は多岐にわたり、故に再現性についてはとても難しい。つまり、今心に浮かんだ感情が年齢のせいなのか時代のせいなのか、結構わからなかったりするんじゃないかなと。

『Time』というタイトルは頭文字が大文字だ。ヒカルの曲名で頭文字問題といえば当初『passion』と全小文字で表記されていた曲名が発売前に途中で『Passion』と頭文字大文字に書き換えられた事があったが、このタイトルが全小文字の『time』ではないことは、一応心に留めおいておくべきだろう。何しろ我々は20年以上、“time will tell"を"Time Will Tell"などと書かないように気をつけてきたのだから。この曲は"time"ではなく"Time"なのだ。それはつまり、ただの「時間」の事ではなくて、もっと特定の意味を込めた言葉の使い方をしているのではないかという想像がはたらき始める。そこを踏まえて、次回以降も考えていきたいぞ。

ドラマの原作漫画を読んでみたよ

「美食探偵 明智五郎」の第一巻を読んでみた。作風に関してはまだ模索中という感じでこれだけで評価を下すのは躊躇うけれども、少なくとも前以てこの漫画を読んでいたとしてもヒカルが主題歌を充てるだろうとは夢にも思わなかっただろう。つい昨日推理物と書いてしまったが、今のところ探偵物ではあっても推理物ではない。マーガレットの読者層がどんなのかは把握していないが、ドラマ上で考えると小林苺役の小芝風花がどれだけ視聴者と共感し合えるかが鍵になりそうだ。そこの演出面次第かな視聴率は。主演の中村倫也に関してはあたし彼の演技を見た事ない(たぶん)から何とも言えないのだけど、この主役ならファンが多ければどうとでもなるだろう。

だがそういった感想を全部吹っ飛ばすほどにマリア・マグダラ役の小池栄子が“そのまんま”だ。放送が始まったら彼女が全部持っていきそう。そもそもこのキャラのキャラデザ、小池栄子が元ネタなんでないの? つまり、本人役だろ。合うに決まっとろうが。彼女は演技力もあるし、まぁ実質主役ですよねこれ。彼女の一人舞台になりそうよ。

という第一巻の感想から主題歌『Time』について予想を始めるとするならまず最初のポイントは「歌詞を誰目線で書いているか」になろう。明智五郎なのか小林苺なのかマリアなのかはたまた視聴者目線なのか。

どうも、番組サイトやニュース記事他でのヒカルのアー写が気になっててな。ロンドンの事情でフォトセッションが中止になり新しい宣材が間に合わなかった、というのはありそうだしそれなら使い回しも致し方ないとは思うものの、よりによって最近の中でもいちばんセクシー路線なアレを採用するというのは、つまり、ヒカルが書いた『Time』が主にマリアの主観目線で描かれてるのではないかという予感を喚起するのだ。背景も黒だしね。少なくとも、小芝風花の小林苺ではなさそうねという雰囲気は既に出し始めている。

勿論これも過度の勘繰りでしかなく、実際の曲調はPopですらあるのかもしれないが、今のところ、ヒカルのアー写の選択と小池栄子役のマリア・マグダラ、違った(笑)、小池栄子演じるところのマグダラのマリアのミステリアスで退廃的な雰囲気からして、結構神秘的で繊細で女性的な曲調になっているのではと感じさせる。二巻以降を読んだら感想が変わるかもしれないが、今んとこそんな感じです。