無意識日記々

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銀座之陣本日開幕

さて、本日から約1週間『Laughter in the Dark Tour 2018』ソニーストアデイズ東京銀座の陣だ。ここだけ集客がよすぎてオーディオ・ルームが抽選になったりした。痛し痒しだが、人気が無いよりはいいのかな。

既に大阪札幌名古屋で好評を博してきた。フォロワーさんの体質なのかなんなのか、衣装の話題が異様に多かった気がするが、あたしが赴いたらちゃんと音の話をするけんね。ご安心を。3DVRと360Rでの態度の違いを見せてやる。(笑)

まぁそれは後日の話になりますので。

にしても、随分引っ張るよねぇ『Laughter in the Dark Tour 2018』。円盤発売の時のすったもんだも今は昔と言って良いのかどうかよくわからないけれど、あれだけ騒動に次ぐ騒動で結局そんなに悪評になっていないのはヒカルの人徳の為せる業なのかなんなのか。いや私が認知していないだけで実際は宇多田ヒカルの信頼度は下がっている? そんなことなさそうなんだが油断は禁物だよねぇ。

ヒカルの活動ではレピュテーション・コントロールが他のアーティストに較べてより大事だとはよく言ってきた。通常盤仕様一形態なんかも、損して得取れではないけれど多少の収益減は承知の上で宇多田ヒカルのミュージシャンとしての矜恃を見せつけたとかなりの評判になった。時代的に複数枚商法がウンザリされていたからね。そういう風にしてブランドの価値を高めてきたのだ。

今は少し時代が下って。サブスク時代になりつつあるのか何なのかというタイミング。そこでこうやって映像商品をフィジカルでもサブスク(Netflixね)でもアピールし続けるのは何故なのか…そんな論点も持ちつつ、銀座を見てきたいと思っていますよ。梶さんや沖田さんや小森くん師匠がうろついてたらとっ捕まえよっと。(笑)

コンプの要らないメリット♪

引き続き小森くん師匠のインタビューから。

https://natalie.mu/music/column/344551

── 一般的にはボーカルの音量にばらつきがあると歌詞が聴きにくくなるので、コンプレッサーという機材で音の大小を少し慣らしてレコーディングすることが多いのですが、宇多田さんの場合は自分で声量をものすごくコントロールして歌うので、そもそもかける必要がないんですよね。

「慣らして」より「均して」だろうがそれにしても。このあとの問答でヒカルがマイクテクニックを使わない、即ちマイクとの距離と角度を物理的に調整しない話になるのだが、これは確かにそう思っていたわ。余りヒカルはマイクを動かすのに拘らないなぁと。普通は例えば声を伸ばすときにはマイクを離して囁くように歌う時には近づける、とかするのよ。爆音を背にする時は殆どくっつけたりね。ヒカルのライブ・パフォーマンスを観ている限りそういう素振りはみられなかったが、そうか、全部自前で調整してるんだね。

つまりヒカルは、歌を歌う時に音程やリズムと同等に音量も“データ”として頭に入れている事になる。なんちゅう複雑な。勿論歌手ならピアニッシモからフォルテッシモまでの指定を参照して歌うのは普通だがヒカルは声の出し方ではなくて声の聞こえ方の方を意識して調整しているのだ。バックの演奏の強弱も加味して。器用というか、そこまで周りが見えて・聞こえているのはアレンジャー・プロデューサーも兼任しているからだろうかな。

20年聴いててもこうやって身近にいらっさる方々のお話を伺うだけで新たな発見がある。小森くん師匠に限らず他の皆さんも「俺は裏方だから」とか仰らずにどんどん前に出て来て貰いたいもんだ。何しろ、ヒカルさん自体が殆どの時間裏方さんやってんだもの。遠慮は要らないのですよっと。

映像商品の為に会場にマイクを30本立てた男

小森くん師匠、相変わらずキレッキレである。

「米津玄師、宇多田ヒカルOfficial髭男dismらを手がける小森雅仁の仕事術(後編)」

── こだわりが詰まった宇多田のライブレコーディング

https://natalie.mu/music/column/344551

特に笑ったのはここだわ。

── 例えばアコースティックギターって、ハウリングの問題もあるのでライブだとほぼラインで収音するんですけど、ライブ盤用の録音をするためだけにアコギにクリップマイクを付けさせてもらって。(中略)ライブPAという意味では必要がないんですけど、駄々をこねて導入させてもらいました。

つまり、『Laughter in the Dark Tour 2018』映像商品の為だけに、ギタリストの人に「ちょっとすいません、ライブの出音とは関係ないんですけど…」といってマイクをつけたのだ。図太い。まぁ彼が現場でのPAと録音の両方の担当だったから可能だったんだろうな。これのせいでギターが弾きづらかったりライブでの出音がよくなかったりしたら総スカンですよ。やはり師匠は胆力が違う。アシスタント時代にヒカルにパシリをやらされて鍛えられてきただけの事はある。レコーディング・スタジオで『酒買ってきて~』とか言われてたのだヒカルに。堪ったもんじゃないですよ。こらそこ「それご褒美じゃない?」とか言わない。

ごほん。そこらへんのこともちらっとだけ触れてくれている。(前編より)

── エンジニアになりたくて東京の専門学校に入学し、その後バーディハウスに入社しました。(中略)渋谷のBunkamura Studioにアシスタントエンジニアとしてしばらく勤務して、そこでつながりができたクライアントさんからちょっとずつメインエンジニアのお仕事をもらえるようになり、フリーランスになりました。

アシスタントをやっていたのは8,9年だそうで、なるほど、その時代に『HEART STATION』などの制作に携わっていたのね。で、フリーになってから『Fantome』のヴォーカル録りに参加して現在に至ると。フリーになってからも御指名が掛かるとはやはりアシスタント時代からタダ者じゃなかったんだろうな。ヒカルも年下のスタッフがスタジオに居てくれて喜んでたっぽいし。14歳でスタジオに入ったって周りは大人ばっかりだもんね。

でまぁ見出しにもある通り、『Laughter in the Dark Tour 2018』では30本のマイクを使って聴衆の声を拾っていたらしい。道理で今回はやたら客の声がハッキリ聞き取れるなと思えたわけだ。ちゃんと狙って録ってたんだね。

ギターの音を空気から拾ったり聴衆マイクを30本立てたりといった工夫の数々を施して録音したトラックはどうやら100以上。それを我々の聴いている2トラックに落とし込んだのだから間違いなく気の遠くなる作業なのだが、それが見事に結実しているのは我々が日々触れている『Laughter in the Dark Tour 2018』映像商品の抜群のサウンド・クォリティが証明してくれている。小森くん師匠の拘りに拘り抜いた匠の技の結晶だったのだ。これは次のヒカルの作品も小森くん師匠で決まりかな? そうは問屋が卸さない? さぁどっちでしょうね?

眠ってる間に脳は情報を整理してくれるからね

情報過多で逆に情報栄養失調ねぇ。読み書きそろばんにまだインターネットが組み込まれてないから仕方がない。本来義務教育で対処すべき問題。インターネットをまだ過小評価している人がいるんだろうな。文字の誕生、本の誕生、印刷技術の開発と並ぶ人類史上の大きな結節点なのにねぇ。

その黎明期に立ち会っているのだから混乱が基本であって、そこからどうしていくかが大事なのだ。つまり、あなたが情報摂取に悩むのは当たり前であって、それは何も特別な事では無く、誰しもが対処すべき問題なのだというところから出発した方がいい。何の問題もない、私はうまくやれているという人ほど危なっかしいくらい。

話をややこしくしているのは、特にこの国では顕著なのだろうが、旧来のマスメディアの影響力が大きすぎる点。彼らの作り上げたマナーと作り上げられなかったマナーをそのままインターネットに持ってきても不具合だらけになってしまうのだが、まだまだ文脈は切り分けられていない。ひとつひとつ検証するのは面倒なので省略するが、皆が発信者たりえる世界では皆がマスメディアでは有り得ない。

梶さんがサブスク時代の音楽業界の話を複数の記事でしていたが、総じて痛感したのはやり方がインディーズに近くなっている面があるなと。

今までの大手レコード会社といえばマスメディアを使った中央集権的手法をとることが多く、極論するなら「発売初日に渋谷で馬鹿売れ」すれば成功だったのだ。日付も場所も一点集中。あとはマスメディアの拡散力に任せればいいと。

サブスク時代は「コアなファンに何度も聴いて貰うのが大事だ」という話。まずは何より“本物”の音楽を作って、それに響くファン層をみつけそこを徹底的に抉っていく─それはつまり何十年も前からインディーズで行われてきたことを、インターネットを通じて世界中のファンに対して出来るようになったという話だ。

我々の方もそれにアジャストした方が、そうね、いい音楽を聴けるかもしれないね。一方でこの国は高齢化社会であって、昔ながらの手法を繰り返す方がお互い慣れていて居心地がいい、という面も強い。高齢化ぶりが甚だしい為、ここから以後も何十年単位でそんな商売が出来るかもしれないし、そういうニーズの方が総体的に大きいかもしれない。

ともあれ、悩まずにやってみることだ。触れてみてよさそうなら続ける、そうでもなさそうなら手を引く。あんまり今後の事を考えていても、送り手側も例えば3年後にどうなってるかなんてわかっていないんだから。皆が手探りだと知っていれば手探り自体は焦るような事ではないと気付けると思う。出来るだけシンプルに。何をしたいかわからない時は開き直って"うただ寝"しとけばいいと思うよ? 

駅とか空港の掲示板でよくあるヤツ

さてNetflix英語字幕特集、『あなた』『道』とくれば次は『traveling』なのだがこれがまぁかなりいい訳なのだ。書き起こした英語を読んでいるだけであの『traveling』のイケイケな曲調が脳内に生じてくる。全文書き起こしたいくらいだがそれをやったらレコード会社から電話が来てしまうかもしれないので辞めておこうか。

どのセンテンスも本当に楽しげで楽曲のカラーも元の日本語詞のニュアンスもどちらも見事再現しているのだが、そうね、とりわけこれなんかが光っているのではないだろうか。

まずはもとの日本語詞。

『目指すは君』

リアルタイムで『traveling』を体験した世代はミュージック・ビデオのこの部分でまず打ち抜かれた訳だが、取り敢えずこの一文のGoogle翻訳をみてみようか。

"Aim for you."

うむ。これ結構いいと思うんだよね。逆翻訳すると「あなたを目指して。」になる。『目指すは君』の意味をよく汲み取ったシンプルな直訳だ。しかしヒカルはこう訳した。

Destination : You』

これですよ。「行き先 : 君」ですよ。カンカラカラカラカラカラカッシャーン!てなもんですよ。どうですかこの浮かれ具合。まさにあの『traveling』の出だしの昂揚感をそのまま体現してやいませんか。ある意味日本語の『目指すは君』以上に浮かれている。ミュージック・ビデオのこの場面で字幕に『Destination : You』って出たらもうなんちゅうハマり具合か。流石この思い切りのよさは原作詞者ならでは。他の人では"Destination : You"を思いついたとしても「それはちょっと浮かれ過ぎだろう」と躊躇うに決まっています。そこを平気な顔してぶち込んで来れるのが原作詞者による英訳の醍醐味なのです。

Netflixの『traveling』にはこういうキレッキレの英訳がまだまだありますのよさ。今後も少しずつ触れていきましょうかね。