無意識日記々

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『今年も早いねと残念そうに』

『開いたばかりの花が散るのを
今年も早いねと残念そうに』

二行目、これもまず母音を抜き出してみる。
「おおいおああいえお あんえんおおい」
こうすると瞭然だが、「ことしも」と「はやいね」が「おおいお」と「ああいえ(お)」という風に対になっているのがわかる。メロディーも共通である。ついでに、「ことしも」の「こと」の「おお」は直前の一行目の散る「のを」の「おお」を引き継ぐ形になっている。また、この行は「ことしも」の「ことし」の「おおい」から始まって「ざんねんそうに」の「そうに」の「おおい」で括る構造になっている。同じ母音の組み合わせを繰り返してやんわりとリズムを出しているのだ。なお、「そうに」の「う」は発音上は「お」である。


次に子音をみてみよう。
「KTSMHY/NT ZNNNS/N」
一見してわかるのは、な行の音が繰り返されていることだ。ことしもはやい「ね」とざん「ね」んそう「に」、という風に。しかも、それぞれ「ね」と「ね」と「に」はメロディーの中で相対的に低い音を割り当てられている。歌い方もそれに合わせて沈み込むような発音だ。な行の音自体、余り快活に響かない事実もまた効果を増している。それに対応して配置されているのが、こと「し」もはやいねと「ざ」んねん「そ」うに、のサ行ザ行の音である。この音はな行の音とは対照的に、歯擦音らしくサラサラザラザラとした感触を残す。この音が悉くな行の音に先行する事で音程の上下のダイナミズムを強調する結果となっている。

あと、一行目と二行目の韻であるが、「ばかりの」と「はやいね」は、「は」と「ば」が母音と子音を、「か」と「や」が母音を、「り」と「い」が母音を、「の」と「ね」が子音を、それぞれ共有している。二行目は取り敢えずこんな所かな。