無意識日記々

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数え歌

音楽について、質の話をする人は多いが、数(/量)について何を述べるかを正確に把握している人は少ない。

数とは時間との対話である。極論を言えば、作曲家は生涯に1曲書ければよい。何故その曲はそうやって始まったのか?何故そこで終わったのか? 訊けば「始まらせたから」「終わらせた」からに他ならない。「こう終わるしかなかった」と言うのは感覚的にはわかるが、では続けられなかったかといえば否だ。Napalm Deathは1秒足らずの曲を作った。殆どの人は短くて物足りないと言うだろう。では、何分、何秒あれば貴方は満足なのか? 3分?5分? 長すぎて退屈した事もあるだろうし、呆気なくて拍子抜けした事もあるだろう。勿論、総てが美しく纏まってもうこれ以外にないと心に刻まれた事もあるだろう。いや、ないかもしれない。どの例であれ、見極めるのは難しい。

どうやって終わるか以上に、どうやって始まるかは難しい。終わりが来ずに永遠に奏でられる音楽を想像した事があるだろうか。非周期的平面充填のように、いつまでも非自明な展開を見せていく音楽…実際に可能かは兎も角、例えば演奏されるより早く作曲出来る天才が居たとして、次々に楽譜を書き足せていくとしたら、或いはともあれ想像可能だろう。音楽ジャンキーにとっては夢のような、その他の殆どの人にとっては悪夢のような話だが。

しかし、始まりのない音楽は想像がつかないし、もう我々が経験する事はない。たとえ妄想の世界にでさえも。"有り得た"としたら、我々の誰もが、気が付いたら既に奏でられ続ける音楽が世界の何処かにあった場合だ。誰もそれが始まった瞬間を知らない。例えばそれを演奏している人が居たとして、その人に訊いてみる。すると「私は前の人に"私の後を引き継いで下さい"と言われただけなので」と答え、当然実はその前の人も同じように前の前の人に言われ、更にその前の前の前の………残念ながらそんな音楽はこの世に存在していない。少なくともこの地球上では。

この星では、歌は必ず誰かが歌い始めた。終わらない歌はいつか誰かが歌うかもしれない。近い試みは実際にある。演奏に何百年もかかる曲を、現在演奏中の人が居る。いつまでそれが引き継がれていくかわからないが、その曲には少なくとも終わりがあるらしい。この星が平和であり続ければ、或いはもっと長い曲が演奏されていくかもしれない。

素朴な問いに立ち返ろう。歌は始まらなければいけない。そしていつか終わる。1曲だけしか歌がなければそれをいつまでも繰り返すだけだ。2曲だけならそれらを交互に歌うだけ…或いは何度か繰り返してからバトンを渡せばいいが。3曲なら随分バリエーションが増える…4曲なら…100曲なら…そして何十億という人が生きている今は、一生に一度しか歌わない歌だけを歌い続けても一人の人生が終わらない程の歌がある。生命から、歌が溢れている。零れ落ちているという意味で。

ならば、光は何故新しい歌を歌うのか。また、人生の中で何故新しい歌を歌おうとしない時間や、もう何度も歌った歌を歌う時間があるのか。「気分」と言ってしまえば容易い。総てはそれだけだ。そんな歌あったな。しかし、突き詰めて考えてしまうと、新しい歌が生まれるに越した事はない。多すぎて溢れて零れ落ちる程なら、我々が退屈する事なんてない筈だから。

これは自明であり、且つとても意味のわからない事だ。我々は、気に入る歌をどう選り分けているのだろう。もし、次から次へと気に入る歌にばかり出会えるなら…そんな歌い手が、作曲家が居てくれたら…考えるだけで、何だろう、こわい、かな。それとも、こい、かな? "わーい"でも、よいよ?

光が沢山歌を書いて歌ってくれれば、と思うのはその零れ落ちていく歌の中で、私たちが手を差し出して受け止めたいと願う何かがあるからだ。だとすれば、もしその願いを完全に叶えてくれる歌が現れたら、もう新しい歌は要らないのか? それは、時間が許さない。数は時間との対話なのだ。私たちは、時間を経たら、必ず過去の最も素晴らしいものでは満足せずに、新しい歌を、もしかしたらもう今までよりいい歌は生まれないかもしれないのに、求めようとする。それが生きる不思議、生きている不思議と言ってしまえばやはりそれもそれまでだが、それこそ歌を数える理由なのだ。

実務に戻る。光の新曲が次々と聴けるとしてそれは、どれくらいのペースが理想なのか。1ヶ月に1曲か2ヶ月に1曲か。光の新曲が聴けないとしてそれは、どれくらいのペースまでなら耐えられるか。1年なのか2年なのか…。取り敢えず1年半は待てた。これというのもその間の時間を埋めてくれた他の作曲家たちと、光の過去の名曲のお陰である。それらに対する感謝の気持ちを忘れず、私はまた時計を見つめて、数を数えていきたいと思う。いつ始まるかわからない新しい歌の歌い出しを待ちながら…。