無意識日記々

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2014テニス全米OP

錦織圭全米単決勝進出。フェデラーの言うように、これ自体は実力通りで、そこまで驚くような話ではない。寧ろこの点に関しては一視聴者として寧ろ危機感を持っている。

先週も「遅すぎるくらい」と書いた覚えがあるが、彼ももう24歳だ。本来なら、18〜20歳の間にここまで来るべきだったところが度重なる怪我でここまで延びてしまった。裏を返せば、今回のチャンスはものに出来なければかなりまずい。"ラスト・チャンス"と呼んで差し支えないのではないか。

勿論、実力的には今後も何度かグランドスラムの決勝に進むだけのものはある。今回の快挙はフロックではない。しかし、テニスの四大大会での"優勝"となると更にそこから桁が違う。実際に優勝できた人間に較べて"こいつなら優勝して何の不思議もない"と言われながら一度も栄冠を抱く事なく去っていった名選手たちの方が圧倒的に多い。それほどまでに真のトップの壁は厚い。ここでものにしなければこの後ずっと"無冠の名選手"としてキャリアを歩むかもしれない。そして、優勝する事で目覚める才能もある。ある程度若いうちなら。まさに分水嶺。決勝な対戦相手には大きく勝ち越しているがまるでアテにならないだろう。各解説者が指摘している通り、サービスの出来で決まるだろう。彼自身には目の前の試合に集中して貰いたいが、観てる方の我々は背水の陣のつもりで観るべきかもしれない。史上初の事だから決勝戦を楽しもう、というレベルの選手に圭を押し込めるか否か。私は結構シビアに見ている。


Hikaruは今テニス観ているのかな〜。昔はラファエル・ナダルが好みだとか言っていたが、確かに彼はWILD LIFEだな。全仏オープンならイタリアからも近いし、いやその前にロンドンならウィンブルドンがあるか。まだNYにアパートメントがあるならそれこそアーサー・アッシュ・スタジアムは近い筈だ。スポーツ観戦については周りの影響と、あとは漫画の影響もあるかもしれない。世界規模で活躍する日本人、という事で共感する部分も多いだろうし、ツアー生活の大変さについても共有する所が多いだろう。しかしそれでも、やっぱり少しアスリートの世界というと距離と羨望があるのではないか。特に、テトリスにみるような、Hikaruの生来の"負けん気の強さ"を受け止める受け皿が、音楽活動には少ない。強いてあげれば売上枚数や観客動員なのだが、彼女がそれについてあからさまに悔しがる場面はあまりみない。それも負けん気の反映なのかもしれないけれど。あの負けん気なら"勝負の世界"に対する憧れは強い。最近Hikaruは"
勝った!"という喜びを得られる経験をしているだろうか。人と競う事は予想外に自分の力を引き出す。そんなライバル居ませんかね。居ませんかそうですか。取り敢えず錦織圭とチリッチは、くれぐれも怪我をしないように決勝戦を戦い抜いて欲しい。そしてジュニアと車椅子の部で優勝した皆さんおめでとう! 錦織のおかげでいつもよりメディアに取り上げられるチャンスが増えるんじゃないかなと期待しときますね。