無意識日記々

mirroring of unconsciousnessdiary

今回は、作詞してない??


(※ 例によって漫画「チェンソーマン」についてネタバレ気味の記述も含みます)



「米津玄師、宇多田ヒカル」というユニット?で少し疑問がある。ヒカルが作詞に参加していない事だ。


仮に自身で作詞していないオリジナル楽曲をメイン・ヴォーカルとして歌ったとすると、そういった音源をメジャーレーベルからリリースするのは初めてとなる。それを成し遂げた1人目が米津玄師だった、というのは確かに納得感が強いのだけど、ヒカルは本当にそれでよかったの? 歌詞には口出ししてないの?


何しろメロディと言葉と歌い方を総て絡めながら作詞をする人なのでね。その作詞中はおいそれと真似できるものではない。便宜上一応「シンガーソングライター」という肩書きを使われたりはするものの、本人は「音楽家」というシンプルな胡椒を好むようだし、私に言わせれば「歌の人」で十分なのだけど、その3つともが超一流でないと宇多田ヒカルが歌う歌は生まれないのよ。原理的には。


現実の「歌」は「詞と節と声」から成る。米津玄師も同じくシンガーソングライターなのだから、その手法への理解は他の誰よりも高い。タイアップで原作者の意図を上回ってくるのも彼とヒカルくらいだしな。だからこそ、お互いに「声」が徹底的に異なる中で、彼が作詞してヒカルの声を活かし切れたのか? 甚だ疑問だ。



ヒカルの最初のコメントには確かに


『それぞれの表現方法の対照的な部分に戸惑いながら手探りで突き進んだ』

https://x.com/reissuerecords/status/1955645628194906201?s=46


という一文があった。そうでありながらなお「作詞に口を出さなかった」というのは意外に感じるわけだ。そんなん、有り得るのか?


或いは、ヒカル自身も幾つかの貢献はしたが「そこまで本質的でもなかったし、数も多くない」ということで作詞クレジットを辞退した、ということならわかる。マイナーチェンジで少しよくなった〜ヒカルの歌声で歌いやすいフレーズにはなったけど、別に元のままでも悪くなかった、という程度ならそうするだろう。


もちろん、彼も「作っていくうちにどうも宇多田さんしかありえないという気持ちになりとにかくオファーさせていただきました。」とまで言ってるのだからヒカルの作詞術を研究しまくってヒカルに「直す所はどこもない!」と言わせるところまで練りに練って練り上げた、というケースも考えられなくはない。だが、そこまで宇多田ヒカルに寄り添った作品を作ったとなると、名義が米津玄師主体なのがまた謎に戻ってしまう。宇多田ヒカル名義にすべきよね、彼は純粋な「楽曲提供者」になるんだから。


結局、こんな謎めいた楽曲はないのよさ過去26年余りの中でも。


そもそもレゼ篇なのにレゼとヒカルに似た所があんまりない、という話は前にした。最近レゼに似た人見たなぁ、、、と思ったらUGFに来てくれたMarmeloさんだ。同じ系統の美形だわ。実写化の時は挙手して欲しい。それはさておき、ヒカルが誰視点の何を歌うかが、「公安篇」全篇を読み終えた私でも全く予想がつかない。いやそりゃマキマさんならハマるかもだけど、彼女別に今回は活躍しないしな。最後を除いて。そんなレゼ篇のエンディング・テーマだっつーんだからなぁ。そこから先の展開を指し示す起用というのも考えたけど、やっぱり当て嵌まる人が居らへん。いやー困った。なので、どんな米津玄師がどんなアプローチをヒカルに頼んだのかもわからんし、ヒカルが何に戸惑ったのかもわからない。彼の事だから漫画を読み込みまくった挙句の「宇多田さんしかありえない」だと思うんだけどねぇ。うむ、もう一回公安篇読み直してきますわ。もうあんまり封切まで時間がないのだけれど。


なにしろ依然、ヒカルから「チェンソーマン読みました」の報告がないからね、作品に思い入れないのかと思っちゃうよね。もっとも、あれだけ全世界から(私の知らない言語圏まで含めて!)絶賛されまくっているキングダムハーツシリーズの数々の名曲を生み出しておきながら同シリーズのゲーム自体は全くプレイしたことがない人なので、漫画読んでなくても珠玉の歌唱を聴かせてくれてるとは思うけどね。もう少し、追加のコメントを出すのを待ってみましょうかね。