無意識日記々

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It's Only LIVE.

.という風に『Beautiful World (Da Capo Version)』の全容をみてきた訳だが、新劇版のオーラスという点を考慮に入れなければこれはこれで非常に興味深く聴き応えのあるバージョンであった事が(そして私がそれをそう捉えている事が)わかったかと思われる。

これで『Beautiful World』には三つのバージョンが出揃った事になるな。

『Beautiful World』(オリジナル・バージョン)

『Beautiful World (PLANiTb Acoustica Mix)』

『Beautiful World (Da Capo Version)』

こうなってくると、(毎度ながら)いつになるやらだが、この曲をライブコンサートで演奏する時には一体どんなアレンジで来るのかというのが気になってくる。(毎度毎度ながら)気が早すぎるが。

『Beautiful World』は2010年の『WILD LIFE』で生初披露されていて、ライブで歌ったのはこの一回きり(二公演)のみだ。この時はバンドアレンジで、オリジナルでもアコースティカでもないリズムセクションを従えて楽曲終盤にはロックコンサートのような掛け合いを果たしてからの『It's Only Love』〆で痺れさせられたのが記憶に新しい。(歳をとると11年前なんてつい先日なのだ。まぁそれ以上にDVD&BluRayで何度も観返し聴き返ししてるのが大きいんだろうけど印象が鮮烈なのは。)

その時は曲構成自体はオリジナルに沿ったものだったが、Da Capoが顕現した今そこをどう捉えるのかが難しい。というのも、映画の観客動員からも配信の好調さからも、かなりの人々にとってDa Capoが大きな位置を占める事になったからだ。ライブコンサートの開催時期にも左右されるが、それがあと二、三年のスパンで実現するとすればこの大きな流れは無視出来ない。

また、『One Last Kiss』との絡みもある。EPで同曲に慣れ親しんだ向きにとっては『眩しい午後』のあとにあのギターが鳴ってくれないと落ち着かないというのもあるのではないか。ライブで『One Last Kiss』が歌われた際(凄まじく盛り上がるだろーなー)、そのままメドレーでDa Capoが始まってくれないとどうにもこうにも、ということにもなりかねない。もっとも、相変わらず次のライブコンサートも抽選販売になればライトファンも沢山押し寄せてきてくれる訳で、そういう人達は多くがYouTubeで楽曲に親しんでいるだろうから『One Last Kiss』はMVで聴けるそのままフェイドアウトするバージョンとして認識しているかもしれないから、そうなればまた話は別になってくるのだけれどもね。

そんなこんなを考えていくと、『Beautiful World』をライブで歌うのはかなり重要で難解な課題になりそうでな。前から言ってる通り『桜流し』からの『Beautiful World』の流れも間違いなく感動的だし、一方で次のライブで『One Last Kiss』を歌わないという手もまた無いだろう。これも、次のコンサートまであと10年掛かってその間にまた特大ヒット曲が更に増えてたらこの限りではないのだけれど、現状『Automatic』と『First Love』に次ぐ「多くの人が待ち望んでいる」カテゴリーに分類されているとみていいだろうから、そうなると『Beautiful World』はDa Capoで行くべきかなーともなる。嗚呼、悩ましい。

この課題解決の為にはどうすればいいか。似たようなケースでヒカルが過去どんなライブ・バージョンを披露してきたのか、次回はそこらへんを参照してみたいかなと思います。

Love7

さて、やっとだな。Da Capo最後、都合7つの『It's Only Love』をみていくことにしますか。

最初の『It's Only Love』(4:23〜)は前に指摘した通りその前の節、『気分のムラは仕方ないね/Beautiful World』と『Beautiful Boy』の間で歌われているハミングの、特に『Beautiful Boy』直前のメロディをベースに展開される。ここのハミングの仕方がまるで「駄々を捏ねる」ような「わがままを言う」ようなニュアンスである所が肝だ。この歌い方をベースに『It's Only Love』を歌うことで、まるで願うような少し不安げに問い掛けるような雰囲気を醸し出す。いわば「愛…だよね?その筈だよね?」とでも言いたげな、そんな歌い方になっている。

2つ目の『It's Only Love』はそこから暫く経った4:48の場面。直前にここでも『uh〜uuh』とアドリブが入る所に注目。要は勿体ぶっているのだ。この歌のテーマだからね。最初の方(2:41〜)で一度歌ったっきりで、さっき前フリ気味に違うメロで歌ってここでやっとオリジナルの言い回しで歌えるのだから勿体つけたくもなる。ここは、『そう、愛だよ!』と力強く宣言する場面だな。

3番目の『It's Only Love』(4:56~)は2番目のそれを補強するような、念押しするような歌い方だ。同じ動き方をしながら『Love』の語尾を上げて更に強調する。「そうだよな、愛だよなぁやっぱり。」とでも言いたげである。

4番目の『It's Only Love』(5:05~)は、『Only』で少しばかり苦しげに声を出して『Love』で緩めてエアを入れる、所謂宇多田ヒカルが「切なさ」を表現する時に用いる十八番の歌い方である。「愛っていいね…」と少し涙腺に来るような胸を締め付けるような感動や感激や感慨と申しますか。

そして5番目の『It's Only Love』(5:10~)が白眉なんだな。ここのところをことのほか“優しく”歌い上げる。こここそが『Beautiful World (Da Capo Version)』最大のハイライトだろう。総てを受け容れてくれるような優しい優しい『It's Only Love』。「うん、愛だね(にっこり)」みたいな感じだろうか。ヒカルらしさが最もよく出ている一節となっている。

そして6番目の『It's Only Love』(5:16~)は4番目と同じく切なく歌い上げるパートなのだが、『It's』の入り方、頭の拍がほんの少しズラされているのがいい。少しずつ歌の流れを切り上げていく感じというか、終わりが近い事を予感させる。

7番目の『It's Only Love』(5:22~)は『Love』を短く切っている所がポイント。ここで表現されるのは「儚さ」である。「愛、だったよ……」とそれが少し通り過ぎた過去になっていくかのような効果を狙っている。即ちここで曲が終わるよと一言添えるような感じだろうか。ここまでの長い長い道程を振り返るかのようだ。

てな具合で、ここの7つの『It's Only Love』はそれぞれ

『愛……だよね?』

『愛だよ!』

『愛だよなぁ。』

『愛だわ…』

『愛ね。』

『…愛、だよ…』

『…愛でした…』

という感じになっていて、当然の事ながら曲展開に沿って総て歌い分けられているのでありました。いやはや、美事に全部違うんだもんなぁ。何度も堪能し甲斐がありましたとさ。ヒカルの声を細かく細かく聴き入っていくって、本当にいいもんですねっ!

Rebirth of "It's Only Love"

そもそもなぜ『Da Capo』では終盤に『It's Only Love』を連呼する構成になったのか。オリジナルと何が違ったのか。それを理解する為には『It's Only Love』“ではない”ヴォーカル・パートに注目する必要がある。

あらためて『Da Capo』の終盤。

『Beautiful World

 儚く過ぎて行く日々の中で

 Beautiful Boy

 気分のムラは仕方ないね

 Beautiful World

 Beautiful Boy

 It's Only Love

 もしも願い一つだけ叶うなら

 君の側で眠らせて』

オリジナルにはない、『気分のムラは仕方ないね』と『もしも願い一つだけ』の間に挿入された『Beautiful World/Beautiful Boy』のコーラスパート。その後に『It's Only Love』が登場するのだが、歌詞の記述を目で見ていると見落としてしまう『Beautiful World/Beautiful Boy』の“/”とところにもヒカルの“歌”があるのだ。

4:15〜4:20、『Beautiful World』のコーラスの直後に『ん〜んんんん〜んんんん〜…ぅうぅぅぅうっ』というヒカルのハミングが入る。…ひらがなで書き起すの難しいなぁ! まぁ聴いてうただければわかるだろう。このあとの『Beautiful Boy』の後に『It's Only Love』が入ってくるのだが、ここのメロディがこの『んんん〜…ぅうぅ〜…』のハミングの節回しをベースにしたものになっているのが要点である。

要は、オリジナルにない部分に『Beautiful World/Beautiful Boy』のコーラスを入れた為、そこに当て嵌る歌詞がそもそもなかったから「間をもたせる為に」ハミングと『It's Only Love』が挿入された、というのが単純にして明快な理由だったりするのだが、ある意味ここはオリジナルのリベンジということもできる。

というのは、前回もちらっと触れた通り、『Beautiful World』のオリジナルではアウトロに左右に散らされた『It's Only Love』のアドリブが入っているのだが、どうにもこれが聴き取りづらい。ヒカルとしても、この曲のテーマフレーズとして書いたこの一節が終盤のラストでもっと輝いた方がいいと後々判断したのかもしれない。

2009年の破でのアコースティカ・ミックスでもオリジナルと同様に聴き取りづらいミックスだったが、2010年のコンサート『WILD LIFE』に於ける『Beautiful World』では、オリジナルのようにフェイドアウト出来る訳では無い中で、一頻り掛け合いをした最後の最後にブレイクして『It's Only Love』と呟いて〆るという鳥肌モノの展開をみせた。やはりこの曲は最初と最後に『It's Only Love』が鳴り響いてこそだったのだ。

で。『Da Capo』では曲の冒頭に於いて『It's Only Love』で口火を切れなかったので曲の最後に纏めて歌われたという感じになるだろうか。二人によるアレンジの経緯はわからないが、『気分のムラは仕方ないね』のあとのコーラスパートに“隙”をみつけたヒカルがすかさず放り込んできたように思われる。というのも、最初のパートが、上述のようにただのハミングから入るからだ。隙間を埋める為のアドリブの延長線上に『It's Only Love』が“再び生まれた”(Rebirth)のだと捉えることが、出来るかもしれない。

そういった流れを踏まえた上でこの最後の『It's Only Love』6連発を聴き直してみると更に味わい深くなる。作り手側の見方を知るのもたまには悪くないだろうさ。

…あれ?細かくひとつひとつみていくつもりがそれがまた次回に繰り越しになってしまったな。全く、毎度ながら&我ながらやれやれだわ…。

Da Capo終盤の歌詞構成

『Beautiful World (Da Capo Version)』は、オリジナルとは異なり『It's Only Love』から始まらない。その代わりにエンディングで『It's Only Love』がマシマシになっている。

終盤の歌詞を比較してみよう。

オリジナルでは

『僕の世界消えるまで会えぬなら

 君の側で眠らせて

 どんな場所でも結構

 Beautiful World

 儚く過ぎて行く日々の中で

 Beautiful Boy

 気分のムラは仕方ないね

 もしも願い一つだけ叶うなら

 君の側で眠らせて

 Beautiful World

 Beautiful Boy

 Beautiful World

 Beautiful Boy

 Beautiful World

 Beautiful Boy

 Beautiful World

 Beautiful Boy (Fade Out...)

 』

となっているのだがDa Capoでは

『僕の世界消えるまで会えぬなら

 君の側で眠らせて

 どんな場所でも結構

 Beautiful World

 儚く過ぎて行く日々の中で

 Beautiful Boy

 気分のムラは仕方ないね

 Beautiful World

 Beautiful Boy

 It's Only Love

 もしも願い一つだけ叶うなら

 君の側で眠らせて

 Beautiful World/It's Only Love

 Beautiful Boy/It's Only Love

 Beautiful World/It's Only Love, It's Only Love

 Beautiful Boy/It's Only Love

 Beautiful World/It's Only Love

 Beautiful Boy

という風になっている。

オリジナルだと『気分のムラは仕方ないね』からそのまま『もしも願い一つだけ叶うなら』に雪崩込んでいくのだがDa Capoでは『Beautiful World/It's Only Love/Beautiful Boy』がその間に挿入される。

また、オリジナルでは最後の『Beautiful World/Beautiful Boy』のコーラスは4回繰り返されるのだが(4回目はフェイドアウトで殆ど聞こえないけどね)、『It's Only Love』はヒカルが左右でアドリブとして歌ってはいるもののメインのヴォーカル扱いではない。

一方Da Capoでは最後の『Beautiful World/Beautiful Boy』のコーラスは3回の繰り返しで、その合間に『It's Only Love』が6つ挟まれる、という構成になっている。3回目は2回繰り返すので結局この歌の最後の歌は『Beautiful Boy』のコーラスということになる。

この構成を踏まえた上で、次回はヒカルの『It's Only Love』の歌い分けをみていこう。何の新情報もなければ、ねっ。

 

ネタバレを甘受した代償として

土曜日朝のヒカルのツイートがまたバズったなぁ…。

@utadahikaru:今までの新劇場版の曲はその都度大まかなプロットだけ聞いて作ったけど、今回は台本を読んで最後のシーンを思い浮かべながら、曲の第一音(イントロのシンセ)からプログラミングと作曲を始めたから、オンライン試写の時にドキッとする絶妙な瞬間に曲が流れ出して嬉しかったなあ[emoji:B60]🏻‍[emoji:538][emoji:B60] posted at 10:23:38

@utadahikaru:今まではネタバレがいやで台本読みたくなかったんだ[emoji:331] posted at 11:47:56

一つ目のツイートが現在3.1万いいね&19万RT、二つ目が3755いいね&3万RT。二桁RTが頻発する昨今であってもバズったと言って差し支えない数字。

この恩恵に与り(?)あたしが吊るしたQ年前のツイートをはっつけただけのリプライも結構なリアクションをうただきまして。37万インプレッションとか何事。200超いいね&900RTとかみたことなかった。まぁ通知は纏めてになるので特に困らなかったけども。カウンターの数字が見る度に増えてるなーと。まとめサイトにも貼られてたな。まぁそれは事後というかあんまり関係ないか。

ついでにここへのリンクを貼ったリプライを吊るしておいたら普段の5倍のアクセスがありましたとさ。それでフォロワーさんが目立って増えたとかではないから突風が吹いたようなもんだわね。ほんの数人の新しい読者の皆様どうぞよろしく。

という訳でツイートの内容なのだが、そう、今回ばかりはヒカルも台本を読んだんだと。旧劇版から親しんでいる人がオーラスたるシンエヴァのネタバレを甘受するとか精神的に大変だったのではないかという気もするが、一周回ってというか、自分の歌の歌詞が物語に影響を受けているのを受けてのことだったのかなぁと。最早エヴァンゲリオンはヒカルの物語の一部でもあるのだと。とはいえそこはしっかり一線を引くというか、今回のツイートではエヴァという単語は使ってはいない。TVシリーズと旧劇版の歌は残テと魂ルフなんだとエヴァファンとして念を押しておきたかったということもあったのだろうな。我が物顔で歩こうなどとは露ほども考えてない。徹底している。

『One Last Kiss』のシンエヴァストーリーオマージュな曲構成を聴けば台本読んだ上でというのは極自然な帰結ではあるものの、「ヒカルだったら台本読まずに見通すことも可能かもしれない」と真剣に考えなければならなかった為そういう判断は下せなかったというのが個人的な実際だ。まるで超能力者扱いだが、今回のツイートにぶら下がった絶賛に次ぐ絶賛のリプライの数々をみるとそういうことがあってもおかしくなかったと今ですら言える。ここまで受け容れられるってないよ。残テと魂ルフだよ相手。ただでさえファーストコンタクトを神格化しがちなアニメファンをよくぞここまで納得させたものだよ。それができるのは、私の中ではシンエヴァのストーリーを予言するより更に難しいことだった。こうやって現実になっているから飲み込まざるを得ないが、宇多田ヒカル登場以前に「将来こういうことがあるよ」と言われていたとしても全く耳を貸さなかっただろう。まだ来年核戦争で人類社会が滅ぶと言われた方が現実味がある。誇張でなく。

ヒカルも、デビュー以来いちばん讃えられているのではないの。まぁデビュー当時のインターネット黎明期ですら一日700通のメールを受け取っていたそうだから今よりリアクションは多かったろうが、果たしてここまでの密度で絶賛だったのか。勿論、「リプライしに来る人たちの中で」というバイアスの存在は忘れてはならないが、お世辞や嘘を言っていると見える人は見当たらなかった。心底、『One Last Kiss』は『Beautiful World』や『桜流し』と共に絶賛、いやさ神格化されている。今年の評価は、趨勢は決まってしまったなぁ。

映画公開前は映画自体にあんまり期待してなくてすいませんでしたm(_ _)m なんぼでも叩かれたいかと思います。誰にでも楽しめるエンターテインメント作品、とはならなかったけど前3作を追って来ている人間にとっては傑作でした。いやほんと、浅はかだったなぁ。ヒカルを信じる自分を信じろって言いたいわ。グレンラガンも旧ガイナックス作品ですねー。

今週は『PINK BLOOD』への期待を膨らませながらこの偉業を引き続き称賛していくことになるかと。ファイルーズあいみたいに(徐倫役決定おめでとう!)「やれやれだわ」ってやや呆れながら書いていきたいと思います。