無意識日記々

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“ソング・カバー”アルバム

今回は「ソングカバーアルバム」として「シンガーソングライターの皆さんに自由に」楽曲を扱ってもらう腹積もりらしいから、極普通のコピーをしてくるミュージシャンは一組もない、と考えるのが妥当だろうか。

この企画はカバーというよりリミックスと捉える方がより適当だと書いたのも、そういう側面があるからだ。ソングと銘打っているだけに、トラックの興味は歌よりそれを含めた全体のサウンドの新味という事になる。

場合によっては、"原型を留めていない"ケースもあるかもしれない。それをして許される為には人選と選曲が的確である必要がある。ただ闇雲にやってみましたではそのミュージシャンの評価を下げかねない。

宇多田ヒカルサウンドのファンがどこまで原理主義者かはわからない。いや、そもそも宇多田ヒカルサウンドのファンて居るのか。個々の楽曲への思い入れをそれぞれが持っている、というのがより正しい認識か。それを弄られるのをどう捉えるかもまた個々の志向によるだろう。"考えても仕方がない"レベルかもしれん。

長期的にみると、"逆カバー"が楽しみではある。今回の試みが際立った成果をあげれば、将来、ヒカルがライブで歌う時にその人のバージョンを採用するかもしれない。或いはその人をゲストに呼ぶかもしれない。フィードバックが全く無いとは言えないのである。

大胆さ、というのは匙加減が難しい。例えばAnimatoの歌詞の日本語訳は、英語のニュアンスをばっさり切り捨てて潔く翻訳していたが、これは作詞者自身だからできた事だ。もし他者の歌詞を翻訳するなら、なんとか元詞のニュアンスを残したいと四苦八苦するかもしれない。遠慮というかリスペクトというか。そこらへんが匙加減である。

ヒカルがDistanceやFlavor Of Lifeをバラードバージョンにしたように、別曲として別の名前をつけたくなるくらいに変化させてくるミュージシャンも在るかもしれない。或いは、既存曲とのマッシュアップを考えている人も居るかもしれない。

他にも、例えば、ローリング・ストーンズの"Paint It Black"に甘いワナのフレーズを挟み込む、といった逆繰り込みや、Stingのギターサンプリングを抜き去ったNever Let Goなど、様々な"ソングカバー"のアイデアが考えられる。パターンは無限大だ。


あとは、シングル・カットというか、プロモーション用のリーダー・トラックがどんなものになるかが気になる所である。前例のあまりないオフィシャルトリビュート盤の"体質"をすぐに伝えられるサウンドであって貰いたい。果たしてそうういった"代表的"なトラックがあるや否や。成否はまずそこにかかっている。膨らんだ妄想を前向きに萎ませてくれる快作を期待したい。