無意識日記々

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ギア・フォン/Gear Phone

ハイレゾの話は暫くいいかな、と前に宣言したので、それとは対極の話を。つまり、音質ではなく利便性の追究でござる。

前に書いた通り、本体がイヤフォンだけのウェアラブルウォークマンを愛用して大分経つ。これが本当に便利で、人間にとってこれは"眼鏡"以来の大発明になるキッカケとなるギア(道具・ツール・身につけるもの)になるんじゃないかと期待して私はこれを勝手に"ギア・フォン(Gear Phone)」と呼んでいる。「ギヤホン」という書き方も捨て難いが、それはまぁいいよ。

実際、休日などは本当に眼鏡なみにずっと身につけていられる。そしてずっと音楽が鳴りっぱなしだ。ヘッドギアやカチューシャのようにすっと取り出して身につけるだけ、あとは耳元のプレイ・ボタンを押せば音楽が流れてくる。ずっと着けていても全く不快にならず(これには個人差が大きいと思うけども)、実際、シャワーする時と人と話す時以外はずっとこれを着けててもいい。トイレだろうが台所だろうが物干し台だろうが、土手を散歩しようと電車に乗ろうとずっと着けていて音楽が流れてくる。冗談抜きで、私なんかはシャワーを浴びたあとパンツを穿く前にこれを身につける(笑)。まさに扱いは眼鏡と一緒である。

兎に角感覚が違う。コードがない事がこんなにも快適であるのみならず、音楽が鳴っている場所の感覚が全く違うとは。頭の中に音楽が湧き上がり続けているような錯覚に陥るのだ。不思議、不思議。昨年11月に出たモデルはBluetoothを搭載したので、音楽を聴いている時に電話がかかってきてもそのまま耳元のボタンで電話をとって話せる。便利。

いや、MP3プレイヤー搭載のBluetoothイヤフォンなんてウォークマンに限らなければ前からあった。そういう意味では新奇ではない。しかし、このSONYの製品は、現時点では物足りないものの、しっかりと未来を見据えているようにみえる。

恐らく最終的な狙いは、ギアフォン単独でインターネットラジオを聴けるようにする事だろう。昔のAMラジオのように、耳元のダイヤルを回せばそれこそ何千というラジオ局から聴きたい"音"を選ぶ事ができる。

今はまだ、スマートフォンBluetooth接続してRadikoやらその他のインターネットラジオ(私の場合専らmorow.com)を聴くのが関の山なのだが、感覚的にわかる。もしギアフォン単独で無線ブロードバンドに接続でき、選局の利便性(多分、これがいちばん難しい)を確保できれば、まるで世界とずっと繋がれているような感覚を味わえるのではないかと。今でも私たちは、視覚的にはスマートフォンからTwitterに接続する事によってまるで世界中とお喋りしているような感覚を味わえている。それを聴覚面で実現できたら、ギアフォンの進化型は真の革命たりえるかもしれない。

世界中の音楽を着る。音楽を身につける。ドラえもんの着せ替えカメラのように、ほんのワンタッチでそれが出来るようになる。今はまだまだだが、ギアフォンの未来をそんな風に想像する。

これを読んでもたぶん「スマートフォンにイヤフォンを有線接続するのとどう違うの?」と思われるだろう。無理もない。しかし、この"ほんのちょっとの違い"の集積が、後に全く新しい発明を生むのだと、私は信じている。いやはや、ヒカルの名前を出さずに書き終えるのは久しぶりだな。(笑)