無意識日記々

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チューリップの花束を君に

アルバムが怖い。

だってこれが10曲とか12曲続くんだぜ? おいら死ぬ自信あるわ。新しい死因の開拓。圧死、溺死、窒息死、焼死とかに加えてアルバム死。聴き終わった時に果たして生きていられるのやら。

宇多田ヒカルの新曲2曲がフル解禁された。両曲とも「死」と真摯に向き合った傑作だ。死を茶化すなんてもってのほかである。

さて、何から話したものか。『溢れて 溢れて』。それだけで、いいような。


iTunes Store総合チャートでは『花束を君に』が1位で、『真夏の通り雨』が2位。ならば、皆『花束を君に』を先に聴いて、次に『真夏の通り雨』を聴いてるのか。逆順をオススメしておく。『真夏の通り雨』から『花束を君に』の流れは、絶品だ。

ちょうど8年前の今日。ヒカルはチューリップを『私のママが一番好きな花』と言っていた。チューリップの花束もまたポピュラーだろうか。飾るには、いい季節だ。


語るべき話は沢山あるが、どれから話せばいいのかわからない。相変わらず、冷静になろう、冷静になろうと自分に言い聞かせている。

スケールが大きい。月並みな表現を借りれば、そう言うしかないだろうか。そして異質。この曲がこれからヒットチャートの中で紹介されるかと思うとゾクゾクする。本物の歌。何を真似たものでもない、心からの歌。それを…


考える。この歌々を、作って歌ったという事実を。皆さんが普段やっているのと同じように、歌を届けるにも実務があるのだ。スタジオの予約の電話やメールを入れるとか、ミュージシャンのブッキングをするとか、ケイタリングの要不要とか。連絡や相談、買い出しに着替え、音色の選定、楽譜起こし。ひとつひとつは地味で、慣れた作業だろう。それを繰り返して、これらが出来た筈なのだ。それが信じられないというか、何だろう、できるんだ、と。

どんな顔してレコーディングすればいいんだろう。この歌詞を送信した時、何をどう歌いたいって誰に伝えたんだろう。そして普段、どこの何に対して歌っているんだろう。

宇多田ヒカルもトイレに行くし、朝寝坊もするし授乳もする。バラエティー番組をみて大笑いしたり、友達と飲み歩いたり、乳飲み子の泣き声で起こされて不機嫌になったり夫婦喧嘩したり…その中で、この2曲が出来上がる、その事実。まだ受け止めきれないが、焦らずじっくり行きますよ。2曲とも、毎日テレビから流れてきてるんだからね。