三宅Pがコーラス・ハーモニーの鬼なお陰でヒカルのアルバムには随分分厚いハーモニーが聞かれる。話をそのまま受け取るならば48トラックを重ねているそうだからそれはそれは豊かな響きになるだろう…と思うと、そうでもない。確かに美しいが、重厚とか豊饒とかとはちょっと違う、と私は感じる。
理由はシンプル&クリーンで、ヒカルの声しか重ねていないからである。ハーモニーというからには音程は合っているとして、人の声色は重ねれば重ねるほどカバーされる倍音成分が…って難しい話は私にもよくわからないから飛ばすとして、いろんな光を集めると白くなっていくように、声色もまた色々と集めるとブライトな響きになってゆく。
ここが面白い所なのだが、そもそも歌の下手な人間が沢山集まってハーモニーを奏でると、なんだかどんどん声色が澱んでいく。アイドルグループ(特に実在しなくていいです)が全員で歌っている所は、まるで絵の具で色々な色を混ぜていった時のように、なんとなっくはっきりしない、グシャグシャした鈍色(にびいろ)になってゆく。声、声色は、集めた時光のようにも振る舞うし、色のようにも振る舞うのだ。
ヒカルのように一人の人が自分の声のみを重ねた場合は、いうなれば単色光。同じ黄色い声ならば、薄い黄色や濃い黄色、暗い黄色や明るい黄色はどんどん混ぜられるが、それはどこまでいっても黄色の世界である。白色のあのブライトさを出す為には、色々な人間の声色を重ねなければならない。その時には私も重厚なコーラスハーモニーだと評するだろう。
寧ろ、ヒカルのアルバムでのコーラスワークで光っていると思うのは、構造的な声の合わせ方、併せ方である。音を波の集まりだと捉える三宅さんは、声色が重なっていく美しさを重視している気がするが、音を風景になぞらえる光は空間の中で声を様々な位置に配する感覚が強い。
代表的なのがStay Goldだろうか。これは発表当時何度も指摘した為ここでは繰り返さない。もうひとつ、travelingはどうだろうか。リフレインがここまでハーモニーありきの曲はヒカルでは珍しい。それだけでなく、ヴォーカル・ハーモニーの様々な技が駆使されている点に注目したい。イントロからして左右にハミングを振り分ける。次の"祟る♪"は上下でメロディーに違う動きをさせる。飛び乗ったり閉めたりは左右から。ブリッジは単線のハミングを右から、コーラスハーモニーを中央左から被せてくる。サビは豪勢過ぎて説明しきれない! ライブバージョンでは左からのハミングでブレイクだ。ブリッジは脚韻にハーモニーをかぶせて音韻を強調する。英語も日本語も交錯する。二番あとの展開部のあの雄大なパート(PVではイヴの場面だ)では同じ歌詞をゆったりとディレイさせながらしっとりと大きく歌い上げる事で演出されている。アウトロの英語の部分はダブルだろうか(全く同じメロディーを敢えて2つ以上重ねたときのゆらぎ、う
なりを利用する手法)。兎に角ありとあらゆる声の重ね方、配され方がなされている。一度ヘッドフォンで聞き直してみよう。ヘッドフォンが暑くて煩わしくなる季節が来る前に!
昔、「光の作ったバック・トラックが面白過ぎるから全曲のカラオケをリリースしてほしい」とアピールしたことがあったが、ヴォーカル&ハーモニーだけ抽出したトラックも欲しくなってきたな…カラオケだとバックコーラスはよく聞こえるんだけど肝心の真ん中の声だけ抜けちゃってるからねぇ。