無意識日記々

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確かに充電というには余りに長い

伊達公子って「人間活動」の完全なる成功例なのではないか。昨夜、ウィンブルドンを幾度も征した圧倒的な芝の女王ヴィーナス・ウィリアムズを相手に"エレガントな激闘"を繰り広げる不惑の彼女を眺めながらそんな事を考えていた。

テニス史上最高の選手である西ドイツの(その頃からプロなのだ)シュテフィ・グラフと追いつめたあの試合から15年経ってあそこまでの試合をまた同じコートで、というのは常人の理解を遥かに超えている。当時26歳の伊達公子は、選手として絶頂期であると思われていた1996年に突然引退を表明する。

理由としてはランキング・ポイント制度が変わり、数多くの試合に出なければ世界ランクが維持できなくなったこと等を挙げていたが、要するに(と敢えて乱暴に纏めてしまえば)これ以上肉体的・精神的に疲弊したくなかった、仮にしたくてもできなかったのだろう。

ヒカルにせよだてっくにせよ、プロフェッショナルとしての成績は全く衰えておらず、寧ろ過去最高のものをみせながらこうやって退く事を選んでしまうというのは去り際の美学という以上に切実な感覚がある。だてっくはシュテフィグラフやマルチナナブラチロワのように身も心も魂さえもテニスに売り飛ばしたかのようなストイシズムに与しようとはしなかった。それは、彼女の言葉を私の選択において借りるのならば「これ以上やったらテニスを嫌いになってしまう」ということだったのではないか。

そして以後の13年間、マラソンに挑戦したり結婚したりしながら、キッズテニスの活動やテニスの実況解説・執筆などを通じてテニスとも関わりつつ、過酷なツアー生活では味わえない"普通の人間としての生活"を満喫してきた。

その長い期間が熟成してきた彼女の"テニスへの想い"は、あの15年前のような思い詰めた表情とは異なる、心底楽しそうに勝負にこだわる姿に表れている。まぁ、思い詰めたといってもその時のウィンブルドンでのグラフとの試合で観客の「シュテフィ、結婚してくれ!」という声に対して「私じゃダメなのーっ!?」と返そうとした話をきいてもわかる通り、センス・オブ・ユーモアは案外携えていたみたいだけど。それを失ってしまうのが怖かったからそうなる前に退いたってことなのかな。余談だが、その観客の呼び掛けに対して当のグラフは「あんた、お金幾らもってんの?」と返して爆笑を誘った。ストイシズムの塊になっていたとしても、センスオブユーモアはなくならない。

だてっくのあの引退の選択が果たして"最高の"ものだったかは誰にもわからない。しかし、こうやって現役に復帰して驚くべきプレイをエレガントに披露する姿を見ていると、宇多田ヒカルが戻ってきた時には光が今以上に楽しそうに歌を歌う姿がどうしても夢想されてしまう。スポーツと音楽、フィールドは全く違うとはいえ、心強い成功例である。でも流石に13年も待たされるのは辛いかもしれんなぁ。40歳越えちゃうもんね。