無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

一言で切り換わる

朝から二日酔いツイートするような奴は一日20呟きくらいするべきだッ

…とどうでもいい事を書きたくなる程@utadahikaruからのツイートがあると脱力する。そして唐突にエントリーの傾向が切り換わる(笑)。毎度の事なので慣れたけども。しかし朝7時台は珍しい、のかな。日本に居るという風にとってもよいのだろうか。全く神出鬼没でござるよにんにん。

さて、毎日クイズを出すにあたって出来るだけ時系列をバラバラにしようと心掛けているのだけれど、バラバラにしてもあんまり全体としての印象が変わらない。それだけ一貫して変わらない人だともいえるし、一貫してバラバラな人だともいえる。

それでも勿論、年齢と共に変化している事も多い。熊泡で大人っぽい喋りに驚いた、という評は裏を返せば昔は今よりこどもっぽかったという意味だ。年相応に落ち着いて…という決まり文句も、よぉく当てはまりはする。

一体、何が一貫していて何がバラバラで、何が年相応なのかを一度整理してみたいのだが、どこからどう見たらいいのかよくわからない。童顔か。童顔のせいなのか。

バラバラ、という感想は、こちらが楽曲を、音楽を視野に入れて考えるから出てくるものだ。それに付随する発言、インタビューも伴ってあっちに行ったりこっちに行ったり。

そんな中で明らかにターニングポイントとなっているのがくまちゃんの出現である。2006年1月19日。この日を境に宇多田光は"変わった"と言ってもいいかもしれない。本人からすりゃ"見つけた"という感覚かもしれないけれど。ここで紀元前紀元後と分けたい位に。

昨日の『めっちゃかわいくない?スワロフスキーくま〜!』のツイートは、否応無しにいのいちばんの最初のツイートを想起させた。やっべーこの壁紙まじかわいくないっすかとかなんかそんなん。まるで一周廻って元に戻ってきたみたいな。光からすりゃいつもどおり、という事でしかないかもしれないが、口に出して実際に言う・書く事をしてくれたその時に、私達は反応する。バラバラの感覚というのは、その時に何に言及したかの違いに基づいてるだけかもしれない。しかし口はひとつしかないから、その度に振り回される。やれやれだぜ。