無意識日記々

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「日本昔話」

大橋トリオの"Stay Gold"は「日本昔話」だ。

前曲の加藤ミリヤ's"For You"と並んで、今アルバム後半のハイライトとも言うべきトラックの登場だ。完成度という点では本作随一であろう。

まず凄いのは、この曲を基本ピアノ一本で貫き切った点だ。いや、カバーにあたってピアノの弾き語りにリアレンジするのは珍しくも何ともない。肝心なのは、オリジナルの"Stay Gold"がピアノを主軸にして作編曲された楽曲であった事だ。

そもそもからしてピアノを中心に様々な楽器とコーラスを重ねた"Stay Gold"をピアノ一本でとなるとそれはもう純粋な引き算である。楽器が減る度に曲の中でやれる事が少なくなっていく。モロにハンデ戦になる筈なのだ。そこを彼は物凄いカバーセンスで乗り切った。余程カバー慣れしているとしか思えない。

音数を少なくしてアコースティックで勝負、というのはA面のハナレグミとカブる所も多いが、こちらの方が一枚も二枚も上手である。実際、カブってると思われかねないこの2曲のうちStay Goldの方が曲順的に後に来ているという事実が、こちらの方により"自信"がある事の裏付けではないか。

少ない音数の中でピアノ・アレンジのアイデアの豊富さには目を見張る。このトラックに関してはinstrumental versionのリリースを所望したい位。総ての音が必要不可欠、というレベルまではいかないものの、どの音を聴いてもその意図がどこにあるかが明確にわかる。そういう意味では非常に完成度が高い。恐るべき、という形容がよく似合う。

そのピアノの素晴らしさをバックに、しかし、真に度肝を抜かれたのはヴォーカル・アプローチだ。そう来たか。最大限の敬意をもってこの言葉を贈りたい。「その発送はなかったわ。」

本来、"Stay Gold"という曲は、ヒカルのレパートリーの中でも最も女性性の高いものだ。Beautiful Worldを通じて得た自らの内に秘めた"母性"に対する気付きを、今度は明示的に楽曲のテーマとして封じ込めた。それ故、この曲はいつにも増して女言葉が多い。『大好きだからずっと 何にも心配要らないわ ねぇダーリン』である。まさにおねぃさん或いはおかあさん。これでもかという位に女性。そんな曲を誰が男性ヴォーカルでカバーする? そんなことしてうまくいくと思う?

この上なくうまくいったトラックがこれである。


小さい頃、まんが日本昔話を観ていて、声優がたった1人(2人)なのが最初違和感があった。なんでおじいさんがこどもの声をあてるの、ちゃんと声優さん連れてきなさいよ、ギャラケチってんじゃないわよ、なんて風に思っていた。やな幼稚園児である。しかし、それは最初だけで、話が面白ければ面白い程、そのナレーションの語り口に引き込まれていったものだ。その"おじいさん"こそ、"BLUE"の歌詞を朗読してヒカルを鼻水と涙まみれにした人、常田富士男だ。

彼の朗読術の特徴は、キャラクターに入れ込まない事だ。感情を込めすぎず、出来るだけ淡々と、しかし棒読みに陥らず味わい深く物語を語り台詞を代弁する。そうする事で、"言葉の黒子"とでも言おうか、読み手の人格性を打ち消して言葉だけが残るのだ。

大橋トリオの"Stay Gold"にも、同じ方向性を感じる。女言葉をそのまま男の声で、オネエにもならず男の娘にもならず普通の男性の声で歌っているのに『何にも心配いらないわ』とかに驚く程違和感を感じない。彼の、言葉とメロディーに対する距離感が絶妙なのだ。入れ込んで歌うなら彼は女性のフリをしなければならず、逆に突き放して歌うと雑になりメロディーの流れが失われる。言葉の響きをそのまま伝えて、更にメロディーの輪郭を真摯に伝える。それこそ、常田富士男が老若男女の台詞を代弁しながら昔話の世界に徐々に引き込んでいくように、大橋トリオの"Stay Gold"も楽曲の核となる魅力を掴んで離さない。それも、男性ヴォーカルで。シンプルだが、それ故にこのアプローチを"思いつく"というのは天才的という他はない。井上陽水の"SAKURAドロップス"と並んで、文句のつけようのない完璧なトラックである。