無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

自分を見せるということ

「点」を読んでいると、2000年代、如何に"自分を見せる"事について腐心してきたかがよくわかる。どこまでを見せてどこまでを見せないか。何を見せて何を見せないか。どこで嘘をついてどこで本当の事を話すか。はぐらかしているような、真摯に向き合っているような。微調整につぐ微調整、大胆かつ繊細に、表現者として集中力を研ぎ澄ませてきた。

だから、ジャケットはずっと自分の顔なのだろう。1stアルバムの時はそこまで考えていなかったかもしれないが、以後の歴史はそれを物語る。伏し目がちな2nd、モノクロとカラーでそれぞれ正面を向いた3rdと4th、流し目でこちらを見る1stと5th。アルバムの性質はそのままヒカルのポートレートである。

一方で、Pop Musicianとしてのヒカルは、そんな事を求められていたのか? 甚だ疑問、というかよくわからない。今や全く掴みどころがなくなってしまった"音楽を買う大衆"が00年代までにどういうスタンスで大衆音楽を"消費"していたのか。

熱心なファンは、まぁわかる。特にヒカルは、音楽的に一定の形態を持たない為(スライムみたいなもん?)、熱心なファンというとヒカルのパーソナリティに惹かれている場合が多い。その彼女ら彼らに対して"どこまで見せるか"というテーマは大きな意味を持つ。

しかし、大衆音楽の消費というのはそういう感じではなく、もっとエンターテインニングなフィーリングだろう。コンサートに行くというのは、遊園地とかスポーツ観戦とか水族館とかに出掛けるのと同列に語られる。宇多田ヒカルという個人の内面がどうのこうのというのはさほど気にならない筈である。ゴシップ的な興味なら別ですが。

もう少し中間的な例もあった。Beautiful Worldは何よりもまずEVAの世界に馴染むか否かが焦点であったから、当然ヒカルのパーソナリティ云々なぞ入り込む余地はなかった。しかし、もし入れるとしたらそれは「EVAという物語に滅茶苦茶共感しまくる宇多田ヒカル」という側面だった為、そこが"発揮"されるのは歓迎だった。内面の吐露がそのままEVAとシンクロするならば共感もまたよし、だ。

そういった種々の"距離感"を考えた時、00年代のヒカルのアティテュードはややアーティスティックにみえる。売上がどうの市場がどうのという前に「私はどういう人なの?」「私はこういう人です」を繰り返したのだから。表現者の矜持、という風にみえる。

エンターテインメントに徹する、というのは難しい。ブランド・イメージを確立し、それを維持し再現し、気紛れな期待に応え続ける。そこにパーソナリティやアーティストシップは必要ない。ただただ「人を楽しませる仕事」があるだけだ。This Is The Oneの時にはそういう"自覚"みたいなものが芽生えたのかとも思ったが、ツアーを経て人間活動宣言に入った。そういう観点からみると、何だかよくわからない。

復帰後のヒカルが今述べた様々なスタンスのどこに嵌るかはわからないが、どの道を選んでいても良質な楽曲だけは保証されているだろうという信頼はある。ただ音楽を聴きたい人間にとっては、相変わらず最も望ましい存在でいてくれるだろうよ。