無意識日記々

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もしかして私は毎年こうなのか。今日の日付の0614という数字の並びを見て妙にそわそわしている自分に気付く。一体この高揚感は何なのだろうと一瞬疑問に思ったが、何のことはない、ULTRA BLUEの発売日である。去年だか一昨年だかもこんな感じだった気がする。よっぽどこの発売日が待ち遠しかったんだろうなぁ。まず数字の並びをみて条件反射が先に来て、あとから何の日か思い出す。パブロフの犬状態だ。

果たしてアルバムは図抜けて素晴らしかった。ひとつの作品としての評価は後半の全然ポップじゃない楽曲たち、海路以降をどう捉えるかで別れる所だろうが、御存知の通り私はあの5曲が大好物だ。よくもまぁあの"宇多田ヒカル"という看板の下でこんな楽曲たちを生み出せたものである。

特に、Passionは当時(それまでと比較したら)全くシングルが売れなかったが、今やキングダムハーツ効果も相俟って光の孤高のアーティストシップを象徴する楽曲としての地位を確立した感すらある。売れないしお金にならないけど、その存在によって人々から尊敬されるようになる楽曲があるというのは強い。そういうのを率先して書けたというのはもっと凄い。何だか宇多田ヒカルらしくない、けれどね。尊敬されるだなんてこそばゆい。

一方、同じく(1位を取ったのにもかかわらず)売れなかったBe My Lastの位置どりは微妙である。先日どこぞのサイトで宇多田ヒカルの好きなシングル曲の人気投票が行われていたが、見事に最下位だった。私はあの曲の凄さを骨の随まで痛感している為世間でそういう評価でも何とも思わないのだが、あんまりにも人気がないと今後コンサートの選曲でハズされやすくなるというリスクが生じるので、その面では人気はあった方がいい、とは思う。

とはいっても、そのテのランキングづけをしてしまう以上何かの曲は必ず最下位になってしまうので、それならこの、ULTRA BLUEのハイライトの位置(Deep RiverでいうFINAL DISTANCEHeart Stationでいうぼくはくま)に鎮座する名曲が指定席として毎回一番下を占めてしまうのが話の収まりとしてはいいのかもしれない。人気はないけれど、どこまでも強い、どこまでも打たれ強い楽曲。尊敬を集めるPassionより"更に奥"、最深奥部に居る楽曲ということでいいんじゃないか。一番下の縁の下の力持ちである。

こう考えると、以後のヒカルの音楽活動にとって、"居てくれると有り難い曲"というのがこのアルバムには沢山詰まっているんじゃないか、と思い至る。今はまだこのアルバムにピンと来ない向きも、ヒカルが順調に今後十年二十年三十年と新曲を書き続けていってくれれば、全体のカタログの中でULTRA BLUEは見事にバランスを取ってくれている事を実感してくれるんじゃないか。いや、きっと必ずそうなるだろう、って云わなきゃならんかな。時の試練の中、このアルバムはまだまだこれから成長していくのである。中身はそのままで、な。