宇多田ヒカルがいちばん世間の予想や期待に"ハマった"のは、COLORSだと思う。ちょっとわかりにくいけど、結婚後初のシングルで、大型のタイアップがつき、Webでイベントをやり、見た目がオーソドックスに可愛く、何より、曲が奇を衒わず王道で、発売と同時に爆発的大ヒット、年間3位を記録した。総ての流れが滞りなく幸せで(舞台裏は知らないけど、そこまではわかんないもんね)、皆がスムーズに事態を把握できていたように思う。
皆の期待に応えた、という点だけでいえばFlavor Of Lifeが一番だが、あの時は、変な話「このタイミングで宇多田ヒカルがこんなに期待通りの曲を!?」という驚きが大きかったように思う。ほんの数週間前にぼくはくまをリリースしたばかりなのだ。本人やコアなファンにとっては最重要なリリースではあったが、世間一般には変化球というか、まぁ宇多田が童謡唄ってもいいよね、という雰囲気だった気がする。そこにいきなりFoL。余りに青天の霹靂ちっくで、その驚きがあの異様なダウンロード数に結びついたように思う。期待には応えたが、予想は激しく裏切ったのだ。
Beautiful Worldはまたちょっと違う。私はきっとやってくれると確信していたが(当時何度もそう書いている)、EVAの曲を書いて唄う事がどれだけ難儀な事かも承知していた。基本的には、「本当に、できるのだろうか」という懐疑の心が支配的だったのではないか。様々な思い入れの強さが葛藤し交錯し、行き着いた先はTVで序破放映時にBWが流れない事に憤るツイートでストリームが埋まる現実である。課題をクリアするかしないかのスリルが、そこにはあった。
COLORSの時は、そういった意表を突く展開も、未来への疑念も、何もなかった。宇多田ヒカルが新婚旅行から戻ってきて新曲を発表し、それが文句なく手放しで絶賛できる楽曲だった。この、聴いてすぐ"絶賛できる"のが、大きかったように思う。人間誰しも、自分の耳が捉えた感動と世間の評価が乖離する事を恐れ他者の顔色を窺ってみたりするものだが、COLORSを聴いた時は最大多数の人たちが、これは売れる、と確信した、或いはこれは好きだ、これは好みじゃない、という風に判断をすぐに下せたのではないか。「ん?いったいこれは何なんだ??」と戸惑った人の割合は、かなり小さかったのではないかと推測するがどうだろうか。
つまり、繰り返しになるが、COLORSは総てがスムーズだったのだ。売上や露出や評価といったファクターに迷いが紛れ込む割合が極端に少なく、ひとは皆宇多田の新曲についてあれいいね、いやそうでもないかな、と語り合う事が出来た。戸惑いや迷いが薄い、言葉が詰まらなかったという点において、最も理想的で、且つエンターテイメントとして最もプロフェッショナルだったように思う。
事態がそのような展開をみせたのも、その時期の光の精神が安定していたからだと推測する。光も、旅行中に得た着想から自然に曲作りに発展し、いつものように作詞でギリギリまで頭を掻き毟り、それでも(これまたいつものように)〆切に何とか間に合わせた。ストリーミングやテレビ出演で歌を披露する際も、奇抜な衣装や化粧を纏う事なく、最大多数が綺麗だねぇと相づちを打てる、そんな格好をしていた。本当に、再三繰り返すが、総てがスムーズだった。
光が今後そういったスムーズさをどこかに求めるかどうか、それはわからない。しかし、いきあたりばったりが信条・家訓(?)な人間にも、こんか"理想的な日々"が実際にあった事、覚えておいて損はないのではあるまいか。