無意識日記々

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インター・ビューイング

2011年のアニメの豊作ぶりには恐れ入る。多分一般レベル?(なんだそれ)では余り話題になっていないんだろうが、あんなに単価の高いセルビデオ(DVD/Blurayね)が万単位の売上を次々とあげていくのだから、市場の横幅は狭くとも縦幅は相当なものだ。

今年の作品を見ていて思うのは、王道を厭わず奇を衒わず直球の作風が目立つ事である。一昔前、それこそEVAの時代までは「アニメなんて」という謙遜なのか怨恨なのかよくわからない感情が渦巻いていたものだが、鉄腕アトムから半世紀、アニメの技法が一通り出揃って"thoroughly available"な状態に成熟してきたせいか、他のジャンルに対して引け目みたいなものを感じなくなっている風がある。いやそれにしても凄いね。

様々な娯楽ジャンル毎の成熟度・充実感を総体的・相対的に比較する事は確かに難しいが、ひとつの尺度にインタビューがある。訊き手がいて質問し、クリエイターがそれに答える。勿論喋りをメインにする人たちに優位は出るものの、おしなべてどのジャンルの人も同じ土俵に立っているとみてよいのではないか。インタビューの面白さで、そのクリエイターと彼・彼女が身を置く業界の現在のありようを推し量る事が出来るのだ。

Webや紙雑誌で様々なジャンルの人たちのインタビューをつまみぐいする中で、圧倒的につまらないのが邦楽ミュージシャンたちの言動だ。中身のある事を言っている例に殆ど見当たらない。まぁ途中で時間の無駄だと思っちゃうので最後まで読む事も殆どないのだけど。田家秀樹さんも苦労する筈である。違法ダウンロード云々言う前に、矢沢永吉みたいに「インタビューを読んだら面白かったので聴いてみた」と読者に言わせるようなアーティストを見つけ育てないとと強く思う。

勿論、ヒカルのインタビューはファンとしての興味を差っ引いても示唆に富む面白い内容が多い。しかし、上記のように邦楽ミュージシャンの言動が平均的につまらない為、訊き手であるインタビューアの方が鍛えられていないのだ。なかなかヒカルから面白い発言を引き出す事が出来ない。

その辺を解決するのが対談形式で、桜井和寿とのトークはなかなか面白かったりしたものだ。だが、対談といえば決定版はやはり浦澤とのInvitation対談で、アニメ同様充実の続いている漫画業界のトップクラスとの対決は示唆だらけのスリリングでエキサイティングなものだった。またこういう対談が実現したら、と思うと同時に、同じ邦楽業界でもこれくらいヒカルから言葉を引き出せる人間が現れて欲しいものだ、と遠くから勝手に思ってみたりもする。

まぁそんな事言ってたら光復帰後の最初のアルバムが完全英語盤だったりして、邦楽業界からますます離れていっちゃってるかもしれないけどねー。