無意識日記々

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行き先不明の暴走Tryin'

『お値段』―[o-ne-dan]である。

まず目につくのは最初のサビの『無い物ねだり』だろうか。[nai-mo-no-ne-dari]と書けば、両者とも[o-ne-da]が同じだという事がわかる。平仮名では見落としやすいが、アタマの[o-]も重要な音韻だと今のうちに頭に入れておいてもらいたい。

この『無い物ねだり』はオルゴール(といえばわかるだろうからこう呼ぼう)の後にもう一度出てくる。例の『ずっと ずっと』を歌い分けるパートである。その『ずっと ずっと』同様、2つの『無い物ねだり』は役割が異なる。

後から出てきた方は明白だろう、最後に『お値段』にバトンを渡す役割だ。ローマ字にして5文字も重なっているのだからわかりやすい。

最初に出てくる方は、その後楽曲全体の音韻への布石のひとつになっている。この受け渡しを概観するのは些かややこしい。ひとつひとつ順を追ってみていこう。その構造を踏まえた上で2つめの『無い物ねだり』から『お値段つけられない』にバトンが渡される所がドラマティックなのだから、少々回り道になるがお付き合い願いたい。


『無い物ねだり』の前の段、即ち楽曲冒頭は『I don't care about anything』から始まる。すかさず『どうでもいいって顔しながら』と畳み掛ける。『don't』と『どうでも[dou-de-mo]』で頭韻を踏んでいる事は言うまでもない。また、『顔[ka-o]』は『care[ke-εr]』の残像を想定した選択である。勿論この曲Keep Tryin'ではkeepの子音[k]が強勢として多く現れるキーポイントなのでその点も踏まえておこう。

そして次の『ずっとずっと』に繋げる訳だが、この2行目の『どうでもいいって顔しながら』の一節に一音もウの段の音[u:]が出てきていない点には注目しておきたい(2文字目の"う"は勿論[o:]と発音する)。これも計算ずくである。直前のメロディーにおいて一度も発音されなかった母音が次のメロディーのアタマに来る―これはヒカルの得意技である。これより4年後、Goodbye Happinessではこの技を楽曲全体のスケールで応用した。中間部まで徹底して[o:]の音で始めるのを避けてインパクトを高めたのだ。ちょうど1年前に書いた気がする。

この配慮によって、聴き手の耳は『ずっと』の一言に吸い込まれるようにすっと入り込んでしまう。巧い。巧すぎる。何が巧いって普通に聴いてたらそういう風に企まれているとは微塵も感じさせない事だ。このエレガンス、自然さこそがヒカルの真骨頂である。

こんな話が、まだまだ続いていきますですよ。