無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

超一流の身悶える語法美

そういや、『去年より』と『挑戦者のみ』の解説入れるの忘れてたな…いや、見ての通りである。『きょねんより』と『ちょうせんしゃのみ』なので『きょ[kyo]』と『ちょ[tyo]』、『ねん[nen]』と『せん[sen]』、『より[yori]』『のみ[nomi]』という具合に対応している。

一流の作詞家はこれだけ韻を踏んでおきながらちゃんと意味の通る文章に仕上げてみせる。この場合は『去年より面倒くさがりになってるぞ 挑戦者のみ貰えるご褒美欲しいの』である。先述したように『より』と『のみ』を『がり』が繋ぐという徹底した密度である。

これだけでも一流の仕業だが、超一流は更にここで音韻自体に背景―いわば"物語"めいたものを与えてしまう。

最初が『きょねん[kyonen]』であるからアタマの子音は[k] 、そして次の行のアタマは『ちょうせん[tyousen]』であるから子音は[ty]だ。今は[ch]と書く場合の方が多いかもしれないが。兎に角、この[k]と[ty]の並びが重要なのである。

ヒカルの歌う『tryin'』の発音は、勿論ネイティヴな発音なので純然たる英語なのだが、そこを無理矢理カタカナで書き表すと「トライン」よりは寧ろ『チュライン』に近い。ヒカルはちゅらさんだから…とか軽口を言いたくなるが、いやそれはさておいて英語で[tr]を発音すると[ty] に非常に近い音になる。例えば他の曲だとtravelingだ。あれも「トラーベリン♪」というよりは「チュラーベリン」くらいの方が雰囲気が出る。尤も、両方ともカタカナ発音のままだとどうしようもなくいなたいけれど。

というわけでおわかりだろう。『きょねん』と『ちょうせんしゃ』の2語はそれぞれこの楽曲のタイトル「Keep Tryin'」を構成する2語、『keep』と『tryin'』のアタマの子音、[k]と[tr]に合わせてここに配置されているのである。日本語には直接[tr]という連続子音が現れる場面はない為、それに最も近い子音である[ty]が用いられたという訳だ。ここまで誂えられれば超一流の作詞家と言っていいだろう。宇多田ヒカルは紛れもなくそれである。

そんなの嘘だ、偶然だ、というのならこの歌の最後のパートを思い出してみるといい。『かたおもい』の最初の2つの子音は[k]と[t]で、keep tryin'と韻を踏んでいる。更に、次の『(つ)けられない』のアタマの子音は[k]と[r]だ。このそれぞれ二番めの子音が[tr]のうちの[t]と[r]を分け合っている。更に駄目を押すのは『お父さん』&『お母さん』だ[o"t"ousan]と[o"k"aasan]、[t]と[k]である。ここまで巧まれておいて偶然と言い張るのであればもう「それもまた人生」としか言いようがない。

なお、更に理想をいえば順序としては『お母さん』〜『お父さん』に出来れば[k]から[t]という流れになって『keep tryin'』というフレーズと呼応するようになるのだが、先述のようにお父さんが少年と情熱から韻を請け負ってしまっているのでこの順序に落ち着いた。超一流にもやっぱり限界はあるのである…。