無意識日記々

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独白からメッセージへ

で、前回の悪意に満ち満ちた(?)まとめの中に入ってこなかったKeep Tryin'の歌詞のテーマは何かといえば、それは他者へのメッセージである。

歌の中盤で、独り言からメッセージに切り替わる節が出てくる。『大切な命 とっても気にしぃなあなたは少し 休みなさい』がそれだ。"あなた"である。その前段が『I don't care about anything クールなポーズ決めながら実を言うと戦ってた』だから、これは流れ上それまで独白していた人自身に対して言い聞かせていると判断するのが妥当だろう。(今まで実は)戦ってたんだから休みなさい、という自分自身に向けたメッセージ。ここにトリックがある。

実を言うと、巧まれた事に、キプトラはこの"あなた"に至るまで日本語では一度も代名詞、即ち私も僕も君も何も出てきていないのだ。途中に『一人が少しイヤになるよ』なんてのも出てくるから独り言で言ってんだろうなぁ、というのは窺わせはするものの、この人称の不安定さがあるからここでの"あなた"への移行がスムーズに行く。

どっちつかずの状態のまま、宇多田ヒカルさんの独り言を聞かされているような、聞き手が共感しながら自分の事として受け止めているような、そんなあやふやさを作り出した上で"あなた"と指さされる。これによって、ヒカルが自分自身に対して"休みなさい"と告げる独り言とヒカルが僕たちに向けて発するメッセージが重なる、同じになる。ここを経てから更に『どんな時でも価値が変わらないのはただあなた』と歌ってから最後世の数多の老若男女に呼び掛けるメッセージに飛び込む。十時のお笑い番組を一人で見ていた所からものの数分でこのスケール感にまで到達するのだ。それを可能にしたのがこの"代名詞・人称のトリック"である。前作のPassionが『僕ら』と『わたしたち』の物語だった所からこのキプトラ後半の「世界の総ての"あなた"に向けたメッセージ」へ。その間を繋ぐのが"いちども私を私と呼ばない独白"が繋いでいるのだ。これは光の世界観そのものの反映であり、多くの人々の支持を得られる所
以でもあるのだが、こうして読み直してみると余りに自然でここにトリックがあると看破するのは難しい。作り込んだ作品は不自然を通り越して極々自然になる。その事を自らの構造でもって示すのがこのKeep Tryin'という楽曲なのである。