無意識日記々

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"二足草鞋症候群"

"二足草鞋症候群"とは、2つの事を同時にやるというより、2つの間を行ったり来たりというイメージに近い。東京とNY、高校生とミュージシャン、大学生とミュージシャン、宇多田ヒカルUtaDA、アーティスト活動と人間活動、という風に。今の光は"芸名"が"宇多田ヒカル"のひとつしかなくなったので、それに打ち込んでしまえはするのだが、なんというかすかさずというか事前に"人間活動"というもうひとつの柱を行ったり来たりし始めた、という解釈だ。となれば一旦復帰してもまた再び人間活動に戻ったりすんにゃろか。痛し痒しというか何というか。

では。この、光の"二足草鞋症候群"、そのいちばんのルーツは何なのだろうか。私は両親ではないかと思う。即ち"母と父"だ。

両親をもつ人にとって、父親か母親かなんてそもそも選択する対象じゃない。父が居て、母が居る。それだけである。較べるもんでもない。それが普通だ。

しかし、光の場合はこの"両親"という枠組みが至極不安定、あからさまに言ってしまえば異常なのだ。だってあの2人、今まで少なくとも結婚と離婚を6回繰り返しているのだから。この6回という数字、結婚3回離婚3回の併せて6回なのか結婚と離婚のセットが6回あるのか定かではないが、どっちだって大して変わらないわと脱力したくなる位頻繁に別れてよりを戻すのを繰り返しているのだ。これは遠慮なく異常と言っていいと思う。なおこの場合"異常"の反対語は"正常"ではなく"通常"である。なんだか光に「あんたは相変わらずすぐに対になる言葉を考えるんだな」と囁かれたような気がしたい。いやどうでもいいんだが。妙な日本語だ。

そんな光にとって、両親とは常に崩壊の危機を孕んでいて、安定とは程遠い存在だった筈だ。スタジオ代の為に車を売り払う的な意味でも。

で、2人が別れるとなると、やっぱり別々に住むんだろうから、光はどちらかについていったりしたんではないか。或いは、別れても同居してたのかもしれない。あの2人の考える事はわからない。兎も角、実際にどんな行動を取っていようが、2人が喧嘩して離婚を口にする度に、幼い光は言いようのない不安にかられていたのではないか。そういった、心があっちに行ったりこっちに来たりという揺れ幅の中で生きていく精神状態を見いだしていったとするならば、"シャトル・ライフ"ともいうべき光のライフスタイルはかなり必然性を帯びていくのではないか。

もしその性質が精神に深く根付いているのなら…例えば、そうだな、恋人とか夫は2人居た方がいいんじゃないかな。まぁ正式な夫と愛人の男、とかでもいいけれど。女性の重婚を認めてくれる国ってあるのかな。一度結婚が破綻しているので、まぁ色んなバリエーションを考えてみるのも悪くないだろう。あれ、この段落要らなかったかな。

そんな光が遂に見つけた定住の地が、即ち、常にあっちに行ったりこっちに来たりといった不安定な生活の中で精神を整えていた光が最後に辿り着いた絶対的な存在がクマチャンである。ここにおいては光の二足草鞋症候群は姿を現さない。クマチャンは何かの代わりではないし、何かと比較相対化される存在でもない。宇多田光の中にある何らかの「"絶対性"の具現化」がクマチャンであり、不安定な両親からは得られなかった首尾一貫した心の平穏がここにはあった。我々は、念仏を唱える代わりに歌を唄う。ぼくはくま〜♪ってね。

では今光はロンドンにクマチャンを連れて行っているのだろうか。ちょっと気にはなるが、どっちでもいいかな。この星のどこかに居さえすればきっと何かは通事合う。そんな2人な気がする。まぁ、クマチャンの足じゃ草鞋履けないしな…。