無意識日記々

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※ Q主題歌を知らぬ人閲覧注意

まぁ流石にこれだけニュースになってるのだからネットに接続してここに来る人は皆誰が何を歌っているかご存知だろうが一応念の為。

桜流し」。素晴らしい。どれ位素晴らしいかといえば少なくとも私が聴いた今年出た曲の中でぶっっちぎりのNo.1ソングだ。総てのジャンルを通じて、である。格が違い過ぎる。何でこの人アーティスト活動休止中なんだろ。まぁそれはいいか。

しかし、この曲とその存在に纏わる問題点は、前回示唆したように、様々なレベルに於いてみられ、更にかなり多岐に渡っている。16日の深夜私が真っ先にツイートした内容といえば「映画にはぴったりだと思うけど、ヒット曲ではない」という話だった。それについても述べていきたいが、やはりまずはこの楽曲の魅力を余す所なく先に伝えたい気持ちが勝る。

いきなり楽曲の技術論から入ろう。山本シュウさんに「ディテールからですか!?」と呆れられそうだけれども。

この楽曲、桜流しはピアノのピアニッシモな調べから入る。素晴らしく繊細でふくよか、更に明解な音色で録音されていてどう聞いても生グランドピアノの音なのだが、恐らくこれは昨年7月に(22日とかそれ位だっけか)光が触れていたサンプリング音源"IvoryII"のものなのだろう。77GBは伊達じゃない。

ピアノを弾いているのは少なくともヒカルではないだろう。非常に打鍵のリズムが正確で冷静である。ここまでConsistentだとプログラミングだと即断したくなる所だが、打鍵の柔らかさのバリエーションが非常に豊富で、人が弾き分けているようにしか聞こえない。しかしリズムは今述べたように正確無比で、突っ込んだりもたったり溜めたりといった色合いもない。この楽曲でのピアノの使い方からすれば、やはりプログラミングであるべきだと思うのだが。

さて。このピアノの使い方で最も注目すべきなのは歌詞との対応の緊密さだ。ひとまず、あの素晴らしいPVは忘れて、音と歌にだけ注目してうただきたい。

冒頭を飾るのは、そのピアノによる降下フレーズだ(普通は上昇に対して下降と呼ぶのだがここは私の趣味で)。332の混合拍子のアルペジオ(分散和音)である。つまり、八拍のフレーズの中で、高い音を鳴らすのが1拍目と4拍目と7拍目だという事だ2拍目と5拍目が真ん中の高さの音で、3拍目と6拍目と8拍目が低い音。

この音の並びが味噌である。ここで降下分散和音を用いているのは、桜の花が散り落ちてゆく様子を現しているのだ。ただ次々に落ちるだけなら3音の降下フレーズを3連符で次々と落としてゆけばよいのだが、これを332の混合拍子にする事でリズムに変化が生まれる。どういう事かというと、7拍目と8拍目の2音は、"散り落ちる桜の花びらが翻る様"を表現しているのだ。そう思って聴いてみよう。鮮やかに目の前に桜の花が散りゆく情景が現れる筈だ。しかし、これだけでは普通である。宇多田ヒカルはここからが凄い。

イントロの分散和音は煌めくような高い音だ。これを、桜の木から散りゆく花びらを見上げて眺めている様だと解釈してみよう。歌が始まる。分散和音は伴奏となってオクターブを2つ下げてくる。歌が進む。『開いたばかりの花が散るのを今年も早いねと残念そうに』。このパートで分散和音が低いオクターブに移行するのは、眺めている花びらが落ちていくのを目で追って、段々と目線が下がっていくからである。解釈が強引? いや違う。次だ。

『見ていたあなたはとてもきれいだった もし今の私を』の部分で、今度は上昇分散和音で繋いで真ん中のオクターブにひとつ上げて降下分散和音を奏で始めるのである。上から舞い落ちてきた桜の花びらを目で追ってきて次第に下がっていった目線を、ここで"今年も早いね"と"私"の隣で呟く"あなた"に目線が移動するのだ。この時、舞い落ちる花びらを追って下がっていた目線がやや上がる場面を、降下分散和音のオクターブを1つ上げる事で表現している。鬼のように芸が細かい。このように音を構成しているから『とてもきれいだった』の説得力がまるで違う。我々はこの音のマジックに誘われて、隣に居る"あなた"の美しさを心から感じ取る事が出来るのである。この話、次回にもうちっとだけ続けよう。