無意識日記々

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じゃないのに/じゃなかったのに

『見つけてもダメ』といきなり逆接と拒絶で幕を開けるのがMovin' on without youだが、そこからまさにこの歌は否定と逆接のオンパレードになる。即ち、英単語でいえばNoやnot、butやthoughばかり出てくるのだ。

『私だってそんなに暇じゃ"ない"んだから』
『知ら"ない"フリはもう出来"ない"』
『こんな思い出ばかりの二人じゃ"ない""のに"』

『切なくなるはずじゃ"なかった""のに"』

『用意したセリフは完璧"なのに"』
『また電波届か"ない"午前4時』
『分かってる"のに"結局寝不足』

『いいオンナ演じるのも楽じゃ"ない"よね』

『そんなこと言わ"なく""ても"わかってほしい"のに"』


…こんな具合である。

この曲を初めて聴いた時、その疾走感、スピード感に圧倒された。アップテンポではあるが、そこまで実際のBPMが高い曲ではない。寧ろ、ベースラインなどはゆったりしているとすらいえる程だ。

しかし、この曲はメロディーと歌詞の両面で強烈な切迫感を演出し、聴き手の心拍数を上げにかかる。その歌詞の上での工夫がこの逆接と否定の連発なのだ。

順接と肯定だらけの文章は聴き手に安心感を与える。次に言う事の予測がつくからだ。「好きだから」→「キスして」みたいな歌詞な。それを、このMovin' on without youでは悉く"裏切って"いく。その代表例が『見つけてもダメ』なのだが、聴き手は、逆接と否定の連続に心が休まる暇がない。「…え?」「…えぇっ!?」と何度も聞き返す羽目になる。だって、普通歌の歌詞で「切なくなる」の次に「はずじゃなかった」なんて続かないよ? 普通耳を疑うよ。これを繰り返す事でヒカルは聴き手の中に焦燥感を発生させ、そこに言葉とメロディーで切り込んでいって先手先手をとっていく。そのめまぐるしさとペース奪取が疾走感の正体である。

例えば、『わかってるのに結局寝不足』なんかも非常にスリリングな流れを生んでいる。真ん中の"のに"の効果たるや。詳しく書けば『わかってるのにもかかわらず結局寝不足』な風になるので、つまり逆接には否定("かかわらず")が入り込んでいる。Notという演算子は1を0に、0を1にするが、まさにこの歌は聴き手の心をあっちとこっちに引きずり回すように翻弄してくれる。この歌の主人公は兎も角、この歌の作者は確実に男を自分のペース振り回す悪い女、いや"いいオンナ"だとはいえるだろう。どちらが演技かはわからないが。

しかし、歌の後半ではそれだけにとどまらない更に高度な技をヒカルは見せつけてくれる。その話の続きはまた次回。