無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

『見つけてもダメ』

今一度Movin' on without youの1番Aメロの歌詞、デモ・バージョンと完成バージョンのそれぞれを載せておこう。

デモ版:
『夜中の3時am 枕元のPHS
 鳴るの待ってる バカみたいじゃない
 夜中の0時am 時計の鐘が鳴る
 ガラスのハイヒール見つけないでね』

完成版:
『夜中の3時am 枕元のPHS
 鳴るの待ってる バカみたいじゃない
 時計の鐘が鳴る おとぎ話みたいに
 ガラスのハイヒール 見つけてもダメ』


最後の一行が随分とインパクトを増しているのが感じ取られるかと思う。意味上の変化も確かにある。『見つけないでね』という懇願から『ダメ』という拒絶になったのだからそれがまずインパクト増大の原因だ。しかしそれ以上にその前の「ても」のフックが重要なのである。

『見つけないでね』の文としての大意は最初の5文字、『見つけない』でほぼ決まっている。最後の『でね』は確認の意味くらいしかない。しかし、『見つけてもダメ』は、"ても"で局面が変わる。文章を補足するとするならば「仮にあなたがガラスのハイヒールを見つけたとしても」だ。条件、或いは仮定としての性質を付与し、そこからの価値判断『ダメ』に繋げている。完成版は、デモ版に較べぐっと情報の密度が濃くなっている。

注目したいのは、見てわかる通り、尺に一切変化がない点だ。『みつけないでね』も『みつけてもだめ』も同じ7文字。その"制約"の中での工夫である。歌詞ならではの苦労だ。いや俳句や短歌、定型詩も同じだけど。

それを、せり上がるような上昇フレーズに載せて歌うから効果的だ。『見つけ』までは、リスナーも価値判断がどちらに転ぶかわからない。もしかしたら『見つけたらOK』なのかもしれない。そこを『てもダメ』にして真正面から否定・拒絶する事で大きなインパクトを得られるのである。ここの、歌詞の工夫と上昇フレーズの組み合わせによる"めまぐるしさ"の演出はMovin' on without youの真骨頂といえるだろう。


このインパクト抜群の名曲が発売になって今日で16年である。殆どヒカルの人生の半分前、という言い方が適当かはわからないが、こんな名曲がデビューしたてのガキンチョのセカンド・シングルだなんて、つくづくヒカルのライバルは『過去のヒカル』だなぁと痛感せざるを得ない。こんなハイクォリティーを前にしてこども扱い出来てしまう今のヒカルがどれだけスケールが大きいか、次の新曲で更に痛感させてくれる事だろう。