無意識日記々

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「20世紀の名リフ・ベスト3」

私は自分で勝手に「20世紀の名リフ・ベスト3」というものを決めている。次の3曲がそれである。


第1位 ピンク・フロイド “エコーズ”(PINK FLOYD "Echoes")
第2位 マイルス・デイヴィス“ソー・ホワット?”(MILES DAVIS "So What ?")
第3位 ブラック・サバス“黒い安息日”(BLACK SABBATH "Black Sabbath")


何故この3曲なのかは、実は聴けばわかる。どれもYouTubeにあるハズだから検索してみよう。

この中で“エコーズ”についてだけは、解説が必要だろう。というのも、この曲は演奏時間が23分にも及ぶ大曲なので、リフと言ってもどのフレーズを指すのか、特定できないからだ。

私が「20世紀のベストリフ」と太鼓判を押すのは、楽曲の節目節目に流れるあの「フィンッ……!」と鳴る音の事だ。たった1音。その音が鳴り渡った瞬間、聴き手は一瞬にして“エコーズ”の描く壮大な世界の中に引きずり込まれる。まさにその音は「こだま」、"An Echo" である。こだまが何度も鳴り渡って"Echoes"が構成される。単純至極極まりない。「楽曲の主題となる、曲中に何度も繰り返されるフレーズ」という"リフ"の(広義な)定義に照らし合わせて、こんな完璧なフレーズはあるまい。名は体を表し、体は名を成す。20世紀の至宝と呼ぶに相応しい。


真夏の通り雨』を聴いていると、何度もその"Echoes"が頭をよぎる。理由は単純で、この曲には随所に(時にはハイレゾ×ヘッドフォンでないと聞き取れないような極々細い小さな)"風の音(かぜのね・かざね))"が配されているからだ。素直な連想。

風の音というのは特異な音である。「音」とは、いつも言うように、予兆である。人は、音が鳴った方に振り向き、目で何から音が出たかを確認する。それがひとつのシークェンスだ。しかし、風の音は違う。音が鳴っても何もそこに見えない。風に乗って何かがやってくる事もあるかもしれないが、それが鳴らすのは風の音ではない。風とは、人にとって、純粋な「音」だけの存在なのだ。いわば、音楽にとって最も純粋な主題とも言える訳である。

真夏の通り雨』では風の音は主題ではない。副題でもない。いや、フレーズ(節)としての役割を与えられていない、ただの効果音である。鳴ると効果的だが、この音が鳴っていなくたってこの歌の魅力は些かも揺るぎまい。はっきり言って、要らない。

しかし、しかしそれでも、私はこの音を聴くと堪らない気持ちになる。ヒカルの音楽が、ピンクフロイドの音楽のように、人の心のみならず空間と時間すら包み込む強さと優しさを身に付け始めた、その象徴となる、その目印となる音色だからだ。こういう音遣いが出来るなら、まだまだこれから成長出来る。私にそう感じさせる音色。『真夏の通り雨』にうっすらと塗られた風の音は、私たちの未来への道標(道導・みちしるべ)、導き手でもあるのだ。堪らなくなるのはそういう訳なのです。皆さんももう一度、よぉくよく、聴いてみて下さいね〜。