無意識日記々

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ライブ・コンサート

Wild Lifeの開催自体は行き当たりばったりで決まった事であっても、いざ実行するとなった段階で非常に綿密な計画が練られた。今までて最も大きな違いは、演奏会の名称を"コンサート"に統一し、"Live"にこだわらなくなった事である。

今までのライブ・ツアーも勿論やる前から記録してビデオやDVDをリリースすることは予め決まっていたが(でないと当日撮影できない)、今回は明らかに、現場に居られた人間以外にどうと届けるかに重点がおかれていた。"Live"、ナマだけではない時間と空間を超えた演奏会、映画館で観た人もUSTで観た人もUTUBEや特設サイトで観た人も、みんなみんな"コンサート"の参加者なのだ。

では、作り手側としては"Live"にそれ程こだわっていないのかというとそんなことはなく、円形ステージにあれだけの弦楽隊を設えていた時点で生演奏に賭ける思いは並々ならぬものを感じさせるし、勿論光は口パクとは無縁である。(私は口パクでも気にしないが)

2日連続公演を素材として使うのも、保険といってしまえばそれまでだが、出来れば後からミスをスタジオで録音したオーバーダビングでカバーするのを避けたい、修正が必要であればなるべくナマの音や映像で置き換えたいという気持ち・拘りの表れであろう。

とはいえ、それでもうまくいかない事がある。UU06では純粋なライブではないと思われる音声でオーバーダビングが為されている、と私はみている。さいたまの2日間の何れの歌声も、宇多田ヒカルの名の許に商品にするレベルに達していなかったと判断されたのだろう。それなら代々木2日間の音使えばいいのに、と思ったが録音設備に違いでもあったのかなぁ。ピッチシフトしたと思しい微妙にファストなビブラートはやっぱり違和感が…

…って5年も前の話はもういい(もう5年も前なのか)。今回の横浜2日間は、両日ともそのままリリースできるクオリティだった。のだから素直に片方の日だけでよかった気がするが、なんかそうはしなかったみたい。まぁそこらへんの細かい分析はまだだからまた機会がありましたら。

話が随分拡散したが、要するにこの"コンサート"はカメラとマイクで記録してリリースする所まで含めた上での催しものなのだから、DVD/Blurayをナマでの体験と比較して云々するのは野暮だという話だ。確かに、その時その場に居なくては感じ取れないこともあるかもしれないが、今回のコンセプトに則って評価を下すのならば、記録された映像と音声を通じて伝わらない何かがあったとすればそれは伝達能力不足・表現力不足だということだ。なので今回はライブの記録・ドキュメンタリーというよりは純粋に映像作品としての質をみて色々と論評していきたい。ナマの興奮を広く伝える。Wild Life, Widely & Lively だ。(ちょっと語呂が悪い)