無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

LuvLive Extra: This Specialty

おいおい、例のハイレゾEVAウォークマンに序破Qの主題歌がプリインストールして発売されるだとぉ!? なんか照實さんは人間活動中のヒカルの曲作りについて呟いてるし、盛り沢山だな今日は。

しかしまだ慌てる時間じゃないない。それらの話題には追々触れるとして、Luv Liveについて総括しておこう。

同じ事を書くが、殆どライブ経験のない人間がこうやって舞台に立ちこれだけ歌えてしまう事が最大の驚きであり、それ抜きにこのライブの特別さは語れない。別格。格別。そう言い切ってしまっていいだろう。

しかし、それと同時に、「ライブではいまいちなんだなーこの娘。」と思った人も多かったように思う。実際、WEBMASTERのレポートを読むとあんまり芳しく思わなかった感じが伝わってくるし。客が盛り上がってなかった事を肌に感じて知っていた彼が今生きていてあの水増しされた歓声を聞いたらどんな感想を持つ事やら。聞いてみたかったぜ。

で、そこで安直に「宇多田はライブでは下手」と断言してしまう人が続出したのだがちょっと待て。これ本当に「下手」か? 確かに所々音程がよれていたりするが、Popsのコンサートではどんな一流歌手でもこの程度のミスはあるものだ。殊更取り上げる程でもない。でも確かにアルバム程はぐっと入ってこないんだよなぁメロディーが、と感じる人は少なくない。

これ、原因は何かというと、大体の人が気付いていると思うが、「息が切れて声がちゃんと出ていない」事なのだ。普通下手というと音痴、即ち音程が不安定というのが相場なのだが、「声が出ていない」のは、あんまり下手とはいいにくい。ただ「なんだかよくわからない」という印象を与える。

これ、この感覚。実はここでしか、宇多田ヒカルの最初期のライブでしか味わえない感覚なのだ。本来、First Loveアルバム位の歌唱力に到達する為には、年齢に関係なく、ある程度の場数を踏んでトライ&エラーを繰り返して沢山歌ってこなければならない。そして、沢山歌っているうちに自然と喉と身体が鍛えられ、これくらいに上手く歌えるようになっている頃には大概基礎的な体力、持久力、肺活量が備わっているものなのだ。

ヒカルは違う。異常な耳のよさと驚異的な頭のよさ(察しと分析の力、とでも言えばいいかな)を発揮して、たちどころに「歌うべきライン」を見定めて、それ喉をすぐさまアジャスト出来てしまう。言い換えるなら、彼女の歌唱力は練習量で培われたものではなく、「頭の中で」醸成されたものなのだ。万全の態勢でなら、集中して喉をイメージ通りにコントロールする事であの歌唱力を発揮出来るのだが、ライブとなるとまた別。舞台でいちばん大事なのは安定したスタミナであり、それは頭のよさとは関係ない。

つまり、これだけ巧く歌えるくせにすぐ声が出なくなるようなスタミナしかないシンガーって、世の中に他に居ないのである。ヒカルが最初期のライブで見せていた独特の「下手さ」は、こういった特殊な理由から来ている為、他ではなかなか触れる事がない。「頭脳先行型技巧派シンガー」という世にも奇妙且つ他に類を見ないスタイルなのである。

なので、このLuv Liveでも「ここでちゃんと声が出ていれば絶品」というパフォーマンスがやまほど聞ける。この頭脳先行型である事を如実に物語るのがアドリブの異様な上手さだ。初LIVEでこれだけ的確な即興が出来るだなんてどれだけ音楽的イマジネーションが豊かなのだろう。ただ、スタミナだけはなかった。水泳にクロカンにバレーにバスケで鍛えたあの肉体には…スタミナだけが、なかったのだ。

以後のヒカルはひたすら肺活量を増強し続け、挙げ句辿り着いたのが皆さんも円盤で聴いた通りのWILD LIFEのクォリティーだ。ただ、イマジネーション自体は、LuvLiveの頃ともうそんなに変わらない。"理想の歌唱像"を構築するセンスに関しては、デビュー時点で既に化け物だった。そんなこどもらしいアンバランスを楽しめるのが、このLuv Liveという作品なのだ。リリースされた事を改めて感謝したい。どうもありがとうm(_ _)m