無意識日記々

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思い切り"荒野の狼"の話をします

『荒野の狼』の元ネタは素直にヘッセの「荒野のおおかみ」だったようで。一応、読んで損せずに済んだ、と言えばいいのかな。

前もちらっと書いたようにこの小説は「拗ねた元リア充を立ち直らせる物語」なんだが、内容はというと、日本で言えば村上春樹のような、虚実の境界線を行き来するような豊かな筆致が魅力、と言えばいいか。アニメ化するならジブリだろう。千と千尋の神隠しのように、ふと日常から非日常に足を踏み入れるような。しかしその曖昧さは現代の日本人に対して期待に応えるまではいかないかもしれない。中途半端と言ってしまえばそれまでか。

何度も書くが、最初の3分の1が圧倒的につまらない。わかりきった事をグダグダグダグダ繰り返しやがって堪ったものではない。わかっている人間にはくどいだけで、わかっていない人間にとってはひたすら意味不明だ。「そういうことだったのか!」と膝を打ってくれる人が何人居たのやら。

しかし、そこを過ぎれば、相変わらず言い回しはくどいものの、ちゃんと物語が動き始める。逆に言えば、最初の3分の1を飛ばさず読み切れるような人なら文句なく楽しめるだろう。つくづく、時代が違うのかなと。現代の日本の編集者なら「思い切ってここ削っちゃいましょう」と進言するだろう。私もする。しかし、作家性を重んじる事こそ最高の動機補完なのだ。執筆者の"やる気"の為にも、どうしてもそういったパートを書き下して発表するプロセスが必要で、それを経たからこうやって半世紀経ってからも遠く離れた異国の地で話題されるほどに名を上げられたのだ。侮れないのよ。

しかしそういった沼に入る気の無い一般的な読者にはやっぱり余計だわな。縮約版でもないのかしらん。


はてさて、では、ヒカルは一体この作品のどこらへんを歌詞に取り入れたのか、或いは全く取り入れなかったのか、万が一そうなら何故「荒野のおおかみ」という題名を拝借したのか、今の時点では全くわからない。そうだな、私が考えるに…

…とまた余計な事を書きそうになったな。もうちょっと吟味してからにしよう。

今言えるのは「21世紀の日本で題材として取り上げてポップでキャッチーな曲を作るのには余りにも向いていない」小説だということだけだ、ヘッセの「荒野のおおかみ」については。最低限、しかし、曲が公開された暁には小説由来の要素を指摘する位は出来ると思うのでそれ迄暫しお待ちを。