無意識日記々

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escalate=段階的に拡大、上昇する

タバコだアルコールだと影響力の大きいものの他に、最近「これは今後どっちに転ぶのだろう」と注目してるイシューがある。「エスカレーター歩くか立つか問題」だ。

都会の、特に鉄道駅のような急ぐ人々が行き交うエスカレーターでは、基本的に片側(東では右側、西では左側)を空けて、急ぐ人たちがエスカレーターを歩いていけるように配慮するのが常だ。もう片方は棒立ちで、エスカレーターで歩くのを休みたい人と、エスカレーターを使ってちょっとでも早く移動しようという人々が棲み分けをしている。実際、過密ダイヤの都会の鉄道では、数秒の違いが後々大きく響いたりするので「一秒でも早く」という気持ちはよくわかる。

しかし最近、少しずつではあるが、まずその鉄道会社の方から駅の中に「エスカレーターは歩くな」という主旨の掲示がなされるようになってきた。要は危険なのだと。おそらく、耐久性テストの折には積載物が移動する事を考慮に入れていないのだろう。安全基準に照らし合わせて「責任もてませんよ」という訳だ。

そもそも、「歩く人々の為に片側を空ける」という習慣も、利用者の自主的な配慮でしかない。目下急いでいない人が急いでいる人の為に片側に寄っているのだから行為の主体にはなんらメリットはない。非常に公共性の高い行動だとは思う。

ここらへん、「常識」がどちらに揺らぐかを観察したいところなのだ。今のところ圧倒的に「片側を空ける勢」が優勢で、歩くサイドを誰も利用していなくても律儀に並んでエスカレーターの片側だけに次々と乗り込んでいっている。片側にばかり荷重がかかりメンテナンスが大変になるんじゃないかと要らぬ心配をしてしまうところなんだが、それは置くとしても、長年培われた習慣はそうそう簡単には消えない。

タバコの場合も、似たような風に思っていたのだ、昔は。幾ら健康被害が露わになっていこうとも、長年、いや数千年以上をもつ人類の習慣がそうそう変わる事がないだろう、と。それが一世代分の時間も待たずに今こうやって追い詰められている。

エスカレーターにも、同様な事が起こるだろうか? 今は過去の習慣の圧勝だが、徐々に歩く事の危険性が浸透していくにつれ、皆二列に並んで棒立ちで乗るようになるのだろうか? これはまだまだわからない。しかし例えばエスカレーターで人身事故がありそれが全国ネットのニュースになれば、流れが変わるかもしれない。或いは鉄道会社をはじめとしたエスカレーターの設置者側の地道なキャンペーンが奏功するかもしれない。エスカレーターの効率的な利用法についての画期的な論文が突如登場するかもしれない。ただ、今は、ほんの少し揺さぶり始めている、という段階である。常識と、常識を覆そうとする動き。その間にどのような力学がはたらくか、傍観者はこれからもつぶさに、思い出したように無関係そうな顔をして眺めていこうかなと思ってます。