無意識日記々

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『て』と『で』

さて例の話の続き。それぞれの『て』の後から「(ほしい)」を奪い取れるかどうか。

『もし夢の中
 でしか会えないなら
 朝まで私を抱きしめて』

ここから最後に隠れている「抱きしめて(ほしい)」の「(ほしい)」を奪い取る事はかなり困難だ。

「でしか会えない」という言い方は、論理的には「でのみ会える」と同値ではある。しかし、違う言い方をする以上違う含意があるのだ。「でのみ会える」という言い方をする時には、たとえ限られた場所や時間だろうが会える状況があって嬉しい、という含意があるのが普通だし、「でしか会えない」というのは、殆どの場合に会えない事を嘆いている。しかも今の場合その唯一の例外が『夢の中』なのだから、ひっきょう(うわ変換ないのかよ)、絶望的なのだ。

試しに、「もし夢の中で会えるなら朝まで私を抱きしめて(ほしい)」から「(ほしい)」を奪ってみればいい。簡単に奪える。素直に「抱きしめて」の「て」が補助用言を伴わないただの接続助詞に変える事ができるのだ。

即ち。条件の仮定における否定表現は願望や欲求の表現を不可避的に強める。「もし…であるなら」より「もし…(でしか)ないなら」の方が願いの力が強くなるのだ。


『純なあなたが
 誤解するから
 おしゃべりな私を
 黙らせて』

からも「黙らせて(ほしい)」の「(ほしい)」も結構簡単に奪える。ただの事実の叙述だと解釈する事が可能だ。『誤解するから』と肯定文で理由を述べているからだ。

『傷ついたのは
 お互い様だから
 四の五の言わずに
 抱きしめて』

一見強い思いがこもってるように見える(そして実際にこもっているこの「抱きしめて(ほしい)」からも「(ほしい)」を奪う事が可能だ。何故なら、今度は前に触れた通り、主語を変える事が可能だからだ。「(ほしい)」を奪い取ると同時に、「(私があなたを)抱きしめて」にすればいいから。些か技巧的だが、難攻不落ではないのである。

しかし、やはり同じくリフレインとして戻ってくる

『もし夢の中でしか
 会えないなら
 朝まで私を
 抱きしめて』

から『(ほしい)」を奪うのは難しい。歌の中で押し寄せるように願いの強さが増していく。

そして完全に敗北するのが、そう、最後のこれだ。

『もし夢の中でしか
 会えないなら
 天翔る星よ
 消えないで』

条件の仮定の中で否定を使った上に(『会えないなら』)、更に主文の述部たる箇所に『消えないで』を使ってきた。否定文+接続助詞である。つまり、"ない"のダブルパンチだ。ここに潜む「消えないで(ほしい)」の「(ほしい)」を取り除く事は、技術的には可能ながら、文章から心理を読み取ろうとする限り無理だ。それが出来るとしたらこの歌い手には既に感情がない。


…おわかりだろうか。何か一気にまくしたてた気がするが、要するに『大空で抱きしめて』という曲は、かなりハッキリと"願いの強さ"が構造的に段階をもって埋め込まれている、と言いたかったのだ私は。それをつまびらかにする為に「補助用言を奪ってみる」という思考実験を行った。それによって段階の構造がより明確になったかと思う。如何に我慢のきくヒカルでも、抑えきれない程に強い願いがある。その事をこの構造化された歌詞は物語っているのだ。



さて来週は、その歌詞にシンクロしまくるサウンドメイキングの話や、『星』ってそういや『道』にも出てきたよね?という話をする予定。だが、実際に書いてみないとどうなるかわかりません。また新しいニュースがあるかもしれないしね。という訳でまた来週までごきげんよう〜。