無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

sonewhere far beyond (※ harp story)

松岡先生の技巧はもうとんでもないレベルで、ツイッタープロフィールを見たら世界3位だったと。1位になれなかったのはきっと運によるものだろうという位に巧かったよ。

他にも上手な人が演奏会に参加していたがレベルどころか世界が違った。特段難しい曲を演奏した訳ではない。だが、ああやって舞台の上で自分の演奏をただ聴いているだけで済むというのは一体どのような研鑽を積んだのか想像を絶する。

彼女が舞台で演奏する時の目。それはただ自分の指が間違わないか見張っているだけだ。恐らく、あの程度の難度の曲なら指が勝手に動いて演奏してくれるのだろう。実際にはそんな事はしないが、誰かとお喋りしながらでもあのレベルの演奏を余裕で聴かせてくれるように思う。勿論現実の彼女にはそんな油断は無く、自分自身の演奏に対する態度は冷静沈着そのものだった。

ただそれだけなら世界で一流ではない。指が勝手に動いているだけなら幾らでもいよう。どんな場でも油断せず、聴衆に情景を運んでくるような繊細な演奏を聴かせる。その上で更にまだまだ余裕がある。そもそも身体能力が高く、アスリートのように無駄と力みのない洗練された動き。機能美と抒情美の非常に高いレベルでの融合。器楽演奏に求められるスキルの悉くを極めてはる。生徒さんたちが魅了されるのもよくわかる。

そんな在り来たりな話も書きつつ。私が会場で感じたのはその彼女の貪欲さだ。だから"ambitious"だと言いたかったのだが、これだけ技巧を極めておきながら世界で一番を獲れなかった悔しさがまだ残っているかはわからない。だけど、今ここにいる状態から更なる向上心を持っているだろうことに心底驚いたのだ。先程「1位になれなかったのはきっと運がなかっただけ」みたいな事を書いたのだけれど、何かそこのギャップを埋めに掛かっている気がする。「天命を我が物とする」事に意欲的にみえるのだ。その為に人や自然と繋がっていこうとしているのかと。だから技術が錆びてみえない。若々しく瑞々しいままで在る。そういう印象を持った。確かにそれは、ただ自らの技術を極める事だけでは到達できない領域で、松岡先生は、自分の目からは「世界1位以上の何か」にすら目標を定めているように見えた。極められた美しさに虚無を感じなかったのはその強過ぎる情熱故、と読んだが真実は果たして。本人に読まれてるかもと思うと筆致が変わるぜ。(笑) 人当たりがとても柔和で優しい方なのは間違いなさそうなんだけれども。

さて次回は何を書くのやら。わからないけれど私はマイペースを崩さない。ダラダラと流れの赴くままにいきますよっと。