無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

服の効果(アレンジの話)

さて、(前回ドレスの喩えを出したので先を読まれているかもしれないが)前回からの続きのフリをしてアレンジの話。

『宇多田:全部、“音楽は音楽”としか思えない。リズムの要素とメロディーの要素。音の周波数の要素と、無音と無音じゃないところのメリハリ。2つの要素があるだけで。たとえば曲のアレンジでは、ベースの音色ひとつ変えるだけでジャンル感も変わるし。ジャンルってすごく曖昧というか、すごく表面的なことだなと。私はたぶん、作曲とアレンジを同時にやっちゃうから、そう感じると思うんですよね。例えると、人が曲だとしたら、アレンジはいかようにも着せ替えられる洋服。だからリミックスとかもできるという意味で、「シャツを替える」ぐらいの感じでアレンジやジャンルがあるのかなと思っています。』

https://block.fm/news/utada_taku_talk

そう、『アレンジはいかようにも着せ替えられる洋服』なのですよ。だから、メロディやリズムといった「本質的な」要素に較べて、着せ替えが利くのよね。

だけど「だから重要ではない/軽視してよい」とは全くならなくて。人が社会人として何かを他人に伝える時に服を着てないとそもそも怪しまれて誰も近づいてこないように、替えは利くかもしれないけれど、どれであれ何かは着てなきゃいけないという意味で、それもまた本質の為には必要不可欠な要素なのですよ。

そしてそれはしばしば、本質の方にも変化をもたらす。…って話が難しく聞こえ始めたけど、要は、例えば

『Gold ~また逢う日まで~』の前半と後半で、同じメロディがそれぞれのアレンジに応じて変化してるよね

とかいう話なのです。

『Gold~』の前半のバラードパートでの

『楽しいことばかりじゃないけど

 嫌なことなんて

 いつかまた思い出話する日の

 花になる迄』

と後半のダンサブル・パートでの

『プラチナもダイヤモンドも

 アンドロメダも勝負にならぬ

 外野はうるさい

 ちょっと黙っててください

 一番いいとこが始まる』

の2つのパートは、聴き始めの時点ではまるで別のメロディ、全く別のパートだとリスナーは捉えるのだけど、よくよく聴いてみると

『嫌なことなんて』

『花になる迄』

『勝負にならぬ』

『とこが始まる』

の4つの箇所は総て同じメロディであることに気づく。区切りに合わせて書いてみると

『やなこと・なんて』

『はなにな・るまで』

『しょうぶに・ならぬ』

『とこがは・じまる』

という風になる。最後の『とこがは・じまる』なんてのは如何にも宇多田ヒカルのイメージ通りの「単語が真ん中でキレてる」仕様で、そう思われるとこまで考えてのことなのだろうがそれは兎も角、こうやって、少なくとも「メロディの語尾は揃ってる」のがこの正反対ともいえる2つのパートなのだ。

そして、当然ながら、そこ以外の歌詞(とそれに伴うメロディ)は、もう一方のパートに組み入れるとあまりうまくいかない。『プラチナもダイヤモンドもアンドロメダも』なんてのは一旦リズムに載っているから歌えるセンテンスであって、ここをバラードで歌うとかなり間延びする。野暮ったい。

更に『外野はうるさい ちょっと黙っててください』はリズムに載った状態から更に勢い余って字余り気味に言葉が載っていて、これはもうバラードからいちばん程遠い。

だが、メロディの語尾が同じで、尺も基本的には同じであることから、どちらのパートも最初は同じメロディであったと推測される。ヒカルの話によると、ダンサブルな後者が先に出来ていて、バラードな後者が後から出来たそうだが、テンポやリズム、アレンジの違いでここまでメロディが、本来本質的な要素だと思われていたものが大きく変化をするのだ。聴き慣れないと、この2つのパートが「元々は同じモノだった」とはなかなか気がつかないだろう。

事ほど左様に、アレンジというものは遡及的に楽曲に影響を及ぼす。新しいドレスを着た奥さんが今まで見せたことのない表情を見せてくれたように、ダンサブルなメロディと歌詞も、「壮大なバラードをお願いします」というキングダム制作陣からのオファー(必ずしも必須ではなかったようなので、半分はヒカルの意向でもあろうが)によって、新しいアレンジ、新しい服を着ることになり、そして楽曲は、作り手としては当初は予想も出来なかった新しい、新鮮な表情を見せるに至った。着せ替えが利くという特徴を存分に活かすと、本質的な部分にも影響を及ぼすのである。

ただ、今のヒカルは、どのインタビューでも語っているが、アレンジよりメロディやリズムなどの核となる部分に注力しているので、やや表現が具象より抽象に寄っていて、装飾や服飾が好きな人、ダイレクトなインパクトが好きな人にはあまり響かない歌を暫くはリリースしていくことになりそうなのよね。ま、今はそういう時期ってだけで、また揺り戻しがあるのがこれまでのパターンなので、そこはしばらくお待ちくださいモードでよろしくお願い致しますですよm(_ _)m