更に前回からの続き。『(そゆことそゆことそゆこと)』の次は
『大好きな人にフラれて泣くあなたを
慰められる only one である幸せよ』
のパートだが、ここではスネアを中心としたリズムは一旦引っ込みヒカルの独唱となる(いやまぁずっと独唱だけども)。バラードっぽくなるのよね。そして次の
『だけど
抱きしめて言いたかった、好きだと
時を戻す呪文を胸に今日も go』
からまたスネアが復活する。ここ、厳密には『いつも 近すぎて…』のパートとはリズムパターンが異なるのだがその話をすると細かくなりすぎるので今回は省く。大体一緒という認識でいい。
更にそこから
『ずっと
聞きたくて聞けなかった気持ちを
誰を守る嘘をついていたの?』
で再独唱。ここのリズムの押し引きを使った起伏の作り方は見事だしこれを可能にする歌唱力も素晴らしいのだがそこの細かい解説も省いて、次だ。
『逃したチャンスが私に
与えたものは案外大きい
溢した水はグラスに
返らない 返らない
出会った頃の二人に
教えてあげたくなるくらい
あの頃より私たち魅力的 魅力的』
ここでメロディも歌詞も全くムードが変わる。これだけ変えてしまうと全く別の曲を継ぎ接ぎさせた印象を与えてしまいかねないがそこは抜かりないのですよ、楽曲冒頭で提示された主旋律が復活してずっと歌をサポートしてくれているのだから。歌の雰囲気が変わってもひとつの楽曲としての統一感をしっかり維持してくれている見事なアレンジだ。
で。ここでは歌詞のコンセプトががらりと変わって、それまでの躊躇や逡巡や疑惑の感情から、自信と確信を前面に出した前向きな雰囲気となる。これに伴う形で、スネアの刻むリズムがそれまでの
ズンッ チャッ ズンッ ン・チャッ
から
ズンッ チャッ ズンッ チャッ
という極めてオーソドックスな刻み方に入れ替わるのである。即ち、託すメッセージが前向きで躊躇いのないものに変わったのに合わせて、リズムからも"躊躇い"を取り除いているのだ。作詞と編曲両方自分でやる宇多田ヒカルの真骨頂がここにある。サウンドと歌詞の両面から楽曲の展開と感情を演出できるのだ。
ここから元々のサビメロに戻ってくるのだが、そこの歌詞は『言えなかった』『言いたかった』『聞けなかった』などという躊躇と逡巡と後悔の台詞では全くない、
『友よ
失ってから気づくのはやめよう
時を戻す呪文を君にあげよう』
という実に積極的な内容に変わっている。当然、そう、それに合わせてここのリズムも、それまでのサビの
ズンッ チャッ ズンッ ン・チャッ
から直前の"魅力的"パートと同じな
ズンッ チャッ ズンッ チャッ
というストレートなリズムに変わっている。主人公から迷いがなくなった結果を、こうやってリズム面からもサポートしているのだ。いやはや、よくできてるよ全く。
…しかし。今の宇多田ヒカルの本当の凄みはここからなのですよ。前回触れたとおり、このストレートなリズムは螺旋を描くようにリスナーの熱量を上げていく。エンディングに向かって
『Oh baby oh baby oh baby ...』
と歌うパートに至る頃には、ヒカルも我々リスナーもノリノリで盛り上がる。ライブでここで踊り狂いたいなと思わせてくれるが、ここから英語歌詞の歌が入るのは皆さん御存知よね?
『If I turn back time
will you be mine ?』
これな。「もし時が戻せるのなら、あなたは私のものになっていたかしら?」という、さっき『友よ!』と吹っ切れていたはずの主人公が切ない未練を覗かせる場面。ここでヒカルは、バックのリズム演奏の
ズンッ チャッ ズンッ チャッ
というストレートなリズムの中に、楽曲前半で支配的だった(が後半になって消えていた)、
ズンッ チャッ ズンッ ン・チャッ
という「躊躇いと逡巡と後悔のリズム」を、逐次挟み込んでくるのだ! つまり、『あの頃より私たち魅力的 魅力的』と前向きになれた気持ちと、「でも、あなたが私のものになっていた未来もあったのかしら?」という後ろ向きな気持ちが交錯する心象風景を、二つの異なるリズムパターンを交錯させることで表現しているのですよ。ここまで歌詞の構成に合わせてリズムパターンを巧みに操ってくるのが、今の宇多田ヒカルなんです。いや、もう2年前かこの『Time』は。『BADモード』を完成させた今はもっと凄いのだわな…いやほんと、どこまでも恐ろしい人ですわヒカルさんは。