「宇多田ヒカルはデビュー当初から日本語と英語を自由自在に行き来していた」その詳細が(漠然としたイメージはともかくね)、当初いまいち伝わりづらかったのは「歌詞カードの書き方がルーズだったから」というのが理由だったかもしれない─、とかってのがこないだした話。
では、それ以降はルーズでなくなったの?と疑問が浮かぶが、うん、大体はその通り。代表的なのが2007年夏の楽曲『Kiss & Cry』だね。歌詞カードにはこんな風に書かれている。
『お父さんのリストラと
お兄ちゃんのインターネット
お母さんはダイエット
みんな夜空のパイロット』
このように、もともと英単語のもの(restructuring, internet, diet, pilot )が総てカタカナで書かれていて、実際にカタカナ発音なのだ。いずれも、日本語の単語として歌われている。つまり、ヒカルの発音は
『お父さんのrestru(cture)と
お兄ちゃんのinternet
お母さんはdiet
みんな夜空のpilot』
とは歌って“いなくて”、
『お父さんのRISUTORA-TTO
お兄ちゃんの INTANE-TTO
お母さんは DAI-E-TTO
みんな夜空のPAIRO-TTO』
という風に、どれも語尾を“-TTO”/「トーッ」というはっきりとした母音のある発音で歌っているのだ。なので、いずれもカタカナで書いてある。そういうののいちばん極端な例が2番2回目サビアタマの
『ドントウォーリーベイベー (Kiss & Cry)』
ですよね。ここのヒカルはもうこのカタカナのまんま歌っていて、決して
『Don't Worry Baby』
などとは歌って“いない”のです。ここらへん、1stアルバムの頃に較べてしっかり歌詞が書き分けられています。括弧内の“(Kiss & Cry)"は、ちゃんと英語発音で歌われてるもんね。
なぜこの曲『Kiss & Cry』では特にこの日本語表記と英語のアルファベット表記が厳密に書き分けられているかというと、いちばんの理由はさっき引用したBメロ、
『お父さんのリストラと
お兄ちゃんのインターネット
お母さんはダイエット
みんな夜空のパイロット』
の次にある。そう、ここから
『孤独を癒やすムーンライト』
が続いて、当然ここも“moon light”ではなく、『 MUUN RAI-TTO』と歌っていますわね。で、その次!
『今日は日清CUP NOODLE
CUP NOODLE CUP NOODLE♪』
ここですよ! ここはカタカナの「カップヌードル」ではダメなんですよ! だってここカタカナ発音にしちゃうと
「今日は日清 KAPPU NUU-DORUU」
っていう風に、語尾の母音が「-TTO」ではなくて「UU」になっちゃうからね! だからここは正確に英語発音の“Noodle"にして、語尾を「-TTO」に近づけないといけない。実に上手くやってますね。
ですが! よく聴いてる人なら既にお気づきかな。そうなのよ、英語の“Noodle"の発音のままだと「-TTO」に“近づく”だけで完全には母音の音韻が揃わないのよね。だからここでもヒカルは『Automatic』で『君とParadiseにいるみたい』の『Paradise』を『Paraダイス』と前半英語後半日本語で発音したのと同じように、
『NOODLE』
の部分を
『NOO ド LE』
って発音してるのよさ! つまり、まるっきり英単語そのものの発音でもないわけ。よりシンプルに言えば、"d"を"doh"って歌ってんだよね。『Paraダイス』みたいに前後半分に分けるのより更に複雑な
「英単語の真ん中の1文字だけカタカナ日本語発音」
てのを、ヒカルさんはこの『Kiss & Cry』で成し遂げてはるんですわ! やっぱりデビューから(この時点で)9年経って、手法も成長&成熟していたってことですかね。
しかしつくづく、この『今日は日清 CUP NOOドLE』のフレーズが、実際にはテレビコマーシャルに使われなかったのが惜しくてならない。どっかで復刻して起用し直す気はありませんかね日清食品さん!?
…んで。余談になるけど、昔の日清カップヌードルのロゴってのは、ドの字を小さくして
「日清カップヌー㌦」
みたいに書いてたのよな。(機種依存文字につき表示されない環境の方はごめんなさい) ヒカルのカップヌードルはこれとは逆というか、
『日清 CUP NOOドLE』
だから、“ド”が大きく強調されてんだよね。ここらへんも、いい対比を描いてて好きだな。余談でした。