無意識日記々

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The Gentle Beast

HEART STATIONアルバムの事を発売当初「"We"で始まり"Everybody"で終わる"みんなの歌"のアルバム」と評した覚えがある。各々、1曲目のFight The Bluesの歌いだしの単語、(FoLOVの前の)ラストソングである虹色バスのラストフレーズの単語、であり、この2曲がアルバム全体の緒を締めている形だが、個々の楽曲の歌詞構造自体にも相似がみられる。

まず両曲とも、聞き手を強く励ます曲である。虹色バスでは『世の中基本は弱肉強食 負けないで 負けないで』、FTBでは『くよくよしてちゃ敵が喜ぶ』『I hate to Lose』と、兎に角「負けるな」と鼓舞してくれる印象が強い。なんとなく、宇多田ヒカルがそばにいてくれて、"一緒に戦おうよ"と言ってくれてるような気がしてくる。元気が出てくる。とてもいい。

この、"一緒に居る"という一体感が両曲の肝である。

虹色バスを最初聴き始めてイメージするのは、それこそいろんな仲間とワイワイガヤガヤ、楽しくみんなで遠足に行こうかという光景だ。『みんなを乗せて』とか『大きな声で歌を歌って』だとか。

FTBも、『男も女もタフじゃなきゃね』というフレーズから、なんとなくみんなで一緒に戦っているような頼もしさ、共有感がある。We=みんなと一緒なんだ、と。

虹色バスでは、この一緒感、一体感の行き着く先がそのままズバリ『Everybody feels the same』であり、それと全く裏腹に感じられるあの強烈な『誰も居ない世界へ私を連れて行って』である。見方によってはこの2センテンスは矛盾しているように思えるかもしれない。が、繋げて読めばこの曲の真意が解る。「みんな同じように感じている、誰も居ない世界へ行きたい、と」。

即ち、現世で様々な意見や見解や感性の相違を見せている我々が唯一(かどうかはわからないが)一致できる思いこそが『誰も居ない世界へ私を連れて行って』という思いなのだ。これは、宇多田ヒカルの歌詞世界に連綿と流れ続けるテーマ、「孤独感の共有・共感」を最も象徴的に表現したフレーズなのである。

こういう、曲の冒頭で醸した雰囲気を僅か5分の間に(場合によっては何度も)覆すのがヒカルの歌詞の真骨頂である。

強すぎる想いは、時として裏腹な感情表現をもってしか表現しきれない。その現象をセンス・オブ・ユーモアというのだが、有名な所では中毒の『別に会う必要なんてない』の一節だ。会いたくて震える西野カナコピペのオチ担当要員になっている訳だが、歌詞を通読すれば最も想いが強く感じられるのはヒカルの歌詞である。

この、殆ど叙述トリックともいえる展開は、FTBでも控えめながら見られる。『男も女もタフじゃなきゃね』とそばでウィンクしてくれていると思ったら、最後の最後に『今宵もファイトのゴングが鳴る』とくる。みてのとおりこれはボクシングを使った比喩だが、それは即ち「ひとりで戦え。誰しもリングでは孤独なのだから。」と言い切っているのに等しい。みんな孤独に戦っているんだ。虹色バスと同じテーマが、FTBにも込められているのである。

こういう強いメッセージを突き付ける為に、一番反対側から歌を歌い始める。それが宇多田ヒカルの伝統的な手法なのだ。